第2章 the last rain(鉢屋三郎)
一つ上の学年が忍術学園を去ってから、もうすぐ同じ季節がやってくる。
俺もこの学舎を去らなければならない時が近づく。
プロの忍になる。
六年前、ここの門を叩いた時から抱いていた夢だ。
それがすぐ叶おうとしているのに、ここ数日胸のざわめきが治まらない。
もちろんこれからの未来に武者震いを起こしているというのもある。だがそれ以上に彼女に会えなくなる、それがかなり大きい。
先輩が卒業して俺たちが最上級生となって、変わったことがある。
俺が彼女を椿と呼ぶようになったことだ。
始めこそ、生意気に…とか言われたが、それもすぐになくなった。
今まで椿の周りにいた先輩方がいなくなったから、俺は彼女の一番近くにいたくてそう呼んでいた。だけど結局それは、俺の独りよがりだった。
「三郎君」
彼女が俺をこう呼ぶことに変わりはない。
先輩のことは呼び捨てだったのに、結局彼女の中で俺は『弟』から昇格していない。
先輩と俺はそんなに違うのか?
たった一つの歳の違いが、こんなにも越えられない壁となって立ちはだかる。
「ん…」
「こんなところで何していたの?」
「…昼寝だよ。」
嘘。本当は椿がこの道を通ると読んで待っていたんだ。
今日の彼女はいつもよりめかし込んでいる。町にでも行ったのだろうな。
「そうなの?でも今日は何だか雨が降りそうだよ。一緒に帰ろう?」
「それもそうだな。」
確かに嘘でも気持ち良く昼寝をしていられるような空模様ではない。
俺は起き上がって椿の隣を歩く。
「出掛けていたのか?」
「うん、仕立て屋さんに。お直しお願いしてきたんだ。」
「へー、てっきり誰か良い奴にでも会いに行ったのかと思った。」
「あら残念。そんな楽しい話じゃありませんよ。ご期待に添えず、すみませんね。」
ふーん?普通の反応だ。その線はないってことか…でも椿はこの器量の良さだから、町を歩けば振り向く輩はたくさんいるだろうな。
「次行くときは俺に声かけろよ。一人じゃ危なっかしい。」
「もう町くらい一人で行けるよ。三郎君の心配性。」
人の気も知らないで笑っていやがる。
そういう意味じゃないっての。