第12章 月に映るは君の顔
放課後、椿は忘れていた。その存在を。
「あ、えーと、あの~…」
目の前にはこれでもかと言わんばかりの笑顔を見せる小平太始め、六年生たち。
「椿!『ありがとう』を貰いに来た。」
そういえば学園長室で乱太郎の『ありがとう』発言があった時、六年生は天井裏にいた。
今まで姿を現さなかったので、他の学年にはした『ありがとう』をしていない。
戸惑い無意識の内に、文次郎と伊作に目をくれる。
二人は呆れたように小さく首を横に降った。
「文次郎と伊作は『済み』なんだろ?ならば私にもできぬはずがないな。」
仙蔵は椿の戸惑いを突いてきた。逃げ道を塞がれる。
だがあれは利吉にも言った通り、勢いでしてしまったので、今改めてとなると相当恥ずかしい。
迫ってくる笑顔の小平太と、意外と乗り気な仙蔵。
二人から逃れるために長次の後ろに隠れる。
だけど油断していた。
長次は振り向くと、そのまま椿を抱き締めた。
「!?ちょっ…じっ!?」
軽い裏切りに思考が停止する。
長次が頭をポンポンとしてくれるのが、いつかの記憶と重なる。
ああ、大丈夫って言ってくれてるんだなと気付いた。
見上げると長次が少し笑ってくれたように見える。怒ってる意味ではなく。
「椿!」
長次から引き剥がされると、次は小平太の腕の中。
やっぱり大きいワンコがじゃれているように思えた。
そういえば忍術学園まで背負って連れてきてくれたのは、小平太だった。
薄い意識の中でも、それは覚えていた。
「小平太、忍術学園まで背負ってくれてたよね?ありがとう。」
小平太は、おぅと短く答えて椿の頭をガシガシ撫でた。
「小平太、髪が乱れる。」
そう言った仙蔵に引き寄せられる。仙蔵は丁寧に椿の髪の乱れを直した。
「ありがとう仙蔵。」
「私は美しいものが乱されるのが嫌いなんだ。」
髪を撫でる手を止め、じっと見つめられる。
「…折角の髪を、切ってしまったな。」
「うん。でもそれで皆が助かるなら、いいの。」
仙蔵は少し悲しそうに笑い、椿を抱き締める。
そして耳元に口を寄せると、誰にも聞こえないように囁いた。