第11章 帰る場所
「お、おい!まだ起きるな。」
「大丈夫。私より文次郎の方が、痛そうだよ。」
「え…?」
椿はそっと文次郎の頬に手を伸ばす。
文次郎はやっと気付いた、自分が涙を流していたことに。
自分の意志とは関係ない、これが素直な感情というものだった。
添えられた手に自分の手を重ねる。
その温もりを確かめると、押さえていた感情が沸き上がる。
椿はそのまま文次郎を、幼子をあやすかのようにそっと抱き寄せる。
「文次郎は私の居場所を守ってくれた。私が帰ってくるのを待っててくれた。だけど、辛い思いもさせちゃったね。ごめんね、ありがとう。」
その言葉が、優しく心の痛みを洗い流してくれる。
痛くて辛いのは彼女の方なのに、その言葉で文次郎は救われていく。
椿の浴衣の袂を強く握る。
椿の胸に顔を埋める。
文次郎は声に出さずに泣いた。
しばらくして伊作が戻った。
伊作は目を覚ました椿の姿を見ると、顔を崩す。
「椿ちゃんっ!」
「伊作、心配かけてごめんね。」
側にきた伊作の手を引き、椿はその震える体を抱き締める。
「僕に…もっと力があったら…っ」
「ううん、十分助けてくれたよ。責めさせちゃってごめんね、ありがとう伊作。」
椿に抱き締められたまま、伊作は首を横に振った。
言葉にはならなかった。
「………………伊作。」
文次郎が声をかける。
伊作は椿から離れ、文次郎を見る。
「……さっきは、悪かった。」
「うん。僕の方こそ、ごめん。」
二人が和解する様子を、椿は嬉しそうに見ていた。