第11章 帰る場所
椿の熱は三日三晩続いた。
学園は通常通り授業が開始されている。
だが皆の表情は暗く、学園全体が喪に服しているようだった。
まだ椿の意識は回復していない。
ようやく熱が下がった四日目の夜、保健室に掲げられていた、面会謝絶の紙が取り下げられる。
その日当番の伊作が薬を磨り潰す音だけが、保健室内に響く。
そこへ静かに戸を開けて入ってきたのは文次郎。
伊作は一瞥をくれるが、二人が言葉を交わすことはない。
文次郎は椿の穏やかに眠っている姿を見ると、伊作と背中合わせにその場に腰を下ろした。
「………」
「………」
「……俺は無力だ……」
「………」
「俺は…ただここで、待っているだけだった…」
「……やめてよ。」
「こいつは、戦っていたのに…俺は…」
「やめろって言ってるだろ!」
伊作が文次郎の胸ぐらを力一杯に掴む。
文次郎に抵抗する気はなかった。
「やめてよ…僕だって、何もできなかった…椿ちゃんの傷を治すこともできない、椿ちゃんの苦しみを代わってやれない…役に立てない。でも頼むから、自分を責めないでよ…」
「…………伊作」
「…………ごめん。頭冷やしてくる。」
伊作は保健室を後にした。
文次郎は、自分を責めてもどうしようもないことはわかっていた。だが、そうでもしなければ自分を保つことができなかった。伊作もそれはわかっている。
ただ文次郎の言葉が、伊作の自責の念を浮き彫りにする。それが耐えられなかった。
文次郎は伊作がいなくなったその場所を、ただ見続けていた。
「違うよ。」
耳にしたその声に、文次郎はゆっくりと振り返る。
ずっと待ち望んだ声。
いつもすぐ側にいたのに、強く会いたいと願った声。
懐かしいその声の主が、虚空を見つめていた。
文次郎は言葉を忘れてしまったかのように、目を見張ることしかできない。
「文次郎は、ちゃんと守ってくれたよ。」
彼女の言葉は優しい。
しかし今の文次郎にはそれを受け止めることができない。
「…違う。俺は何もしていない…何もできなかったんだ。」
椿は痛む体をゆっくりと起こした。
その行動に驚いた文次郎は、彼女の体を支えるべく身を乗り出す。