第1章 ふわり、ふわりと夢、うつつ
その日の仕事が終わった私は、彼女に挨拶をして部屋へと戻った。
もちろん元就様とのお茶会はない。
また寂しくなってしまったが、今は彼には会えない。
会えないと言うより、会いたくない。
問われたら何て答える?
私にも分からないのに説明など出来ない。
上手く話せない…。
それに、私は元就様に私の事を一切話していない。
それではきっといけないのだろうけど、彼は何も聞いて来ないし、オマケに女中として迎え入れてくれると言う阿呆な事を仕出かしてくれた。
別に間者と言う訳でも無いけど、めちゃくちゃ怪しいじゃない。
私が元就様の立場だったら拷問にでも…ってコレは嫌だな…。
夜も更けた頃、色々悩み過ぎたので偶には月見酒をしようと廊下へ出る。
少し前にお菊さんに頂いたお酒だ。
私自身呑めなくは無いのだけれど、強くもない。
それに、この世界のお酒はどんな味がするのかとても興味深い。
厨で湯を沸かし、酒を徳利に移す。そして人肌程度の燗にする。
厨に燗の独特な匂いが広がり、これだけで酔ってしまいそうになる。
部屋の前に戻るとそのまま縁側に座り、柱を背もたれの代わりにして寄り掛かかった。
お燗にした酒をお猪口に注ぐとそこには月が移り込む。
まるでお月様を呑んでいるようね、そんな事を思いながら私は空に浮かぶ月を見上げた。
この世界の月は明るくて美しい。
星も散りばめたガラスの様にキラキラと輝いている。
眺めながら一口煽ると何とも言えない香りが口の中から胃に掛けて流れて行った。
「キツいな…」
直ぐ酔いそうな勢いだ。
一杯目を飲み干し、二杯目を注ぐ。
それを手に取り煽ろうとすると後ろから急に手を掴まれ、一瞬にしてお猪口が奪われ私の手は空になった。
あまりにも一瞬の出来事と、煽ったお酒のせいで反応が鈍る。
放心して手を見ていると頭上から声が聞こえてきた。
「こんな物を呑んで居たのか…」
恐る恐る後ろを振り返ると今最も会いたくない人物が眉間に皺を寄せて立っていた。
「元就様…」