第3章 ~ひらり、ひらりと久遠の破片~
【thirty-fourth.】
耳から離れない。
忘れ去りたい。
出来る事なら刹那に私の脳裏から抹消したい。
「名前、姫…」
それは、あの宴の日だった。
私は賑やかな場所は好ましくない故、独り月の下で酒を煽っていた。
その日の月は今にも泣きそうな程に、けれど美しく浮かび上がっていた。
月の美しい晩はひっそりと彼女の様子を伺いに行っていた事を思い出す。
何度も通い、ただ、見つめる。
そして、その隣には必ず半兵衛様がいらっしゃった。
その度に胸が締め付けられる思いをする。
刑部に言わせれば、そんな思い迄して尚も逢いに行くか、と。
それでも、私は彼女に逢いたい。
ただ一度だけ、彼女が一人で居る時があった。
月に向かい手を伸ばす彼女。
私もその手に向かって手を伸ばす。
あと少しで彼女に触れられる、そう思ったが、半兵衛様がお見えになり、それは叶わなかった。
月よ…。私の名前は何処にいるのだろうか…。
酒を煽りながら思いにふけていると知った気配を感じる。
半兵衛様だ。
どうやら半兵衛様は私を探していらっしゃったようだ。
そして軽く言葉を交わし、こう仰った。
" 君に話がある "
そう仰り、言葉を繋げようとしたその時に、彼女がやって来た。
ぎこちなく私の名…氏を呼ぶ。
その時私は思った。
あぁ、もう私の名は呼んでくれないのだな…。
そう思った刹那、酷く胸が痛んだ。
私の記憶も失くなれば、どんなに楽か。
この短時間で幾度思った事か。
そして少しだけ半兵衛様、私、そして名前…姫と言葉を交わし、再び宴の席へ戻った。
その時、半兵衛様からお言葉を頂く。
私は半兵衛様の命に静かに頷いた。