第3章 ~ひらり、ひらりと久遠の破片~
【twenty-ninth.】
繋いでいた掌が解かれ、冷たい風が掌を覆った。
微かに残る彼の温もりがどんどんと消えてなくなってしまう。
やだ…。
まだ、触れていたい。
もう少し、傍に居たい。
でも、そんな我が儘言って良いの?
彼は忙しい人できっとこの後もお仕事をするに違いない。
でも…
もう、抑えて居られないよ…。
伝えたいよ…。
触れて居たいよ…。
溢れ出す想いがわたしを変える。
手が、足が、身体が、勝手に彼を追いかけた。
待って、
わたしの傍に居て…。
わたしは、こんなにも
こんなにも、貴方の事が…。
「行かない…で」
声が掠れる。
たった一言、これだけでも人生の半分を費やした様な気持ちになる。
じゃあ、本当にわたしの想いを伝えたら?
それを言葉にして、彼もわたしと同じ想いだったら…
わたしはきっと死んでも良いと思ってしまう…。
そう夢を見ていると、優しく握られていた掌が少しだけ痛みをともなった。
そして重治さんは少し乱暴にわたしの手を引き、自身へと引き寄せる。
「きゃっ!」
何時もは優しくて、わたしを尊重してくれていた重治さん。
だけどこの時はいつもと違っていて瞳はギラギラと鋭くなり、抑えていたものが抑え切れなくなり、暴発した様な感じ。
上手く言えないけど、初めて彼の中の" 男 "を見た様な気がした。
「君の、せいだ」
強く手を引かれ、わたしの部屋へと投げ入れられる。
運良く女中さんが先に敷いてくれていた布団の上に転がり、痛みなどはなかった。
「っ!重治さんっ!?」
戸が強く閉まる音が響く。
彼の鋭い視線がわたしを貫く。
「僕がどんな思いで耐えてきたか…」
分かるかい?
そう言い、彼が此方へゆっくりと近付いて来て、わたしの頬に手を添える。
思わずわたしは後ずさるも、直ぐ後ろは行き止まりの壁で、わたしはどうする事も出来なかった。
「君が…あの日、いや…」
あの、日…?
わたしはあの日とは何かを尋ねようとしたその時、彼は顔を背けながら
わたしに謝り、この事は忘れてくれと言い出て行ってしまった。
頬に残る温もり。
初めて感じた本当の彼。
閉まる戸の音だけが切なく残っていた。