第3章 ~ひらり、ひらりと久遠の破片~
【twenty-sixth.】
私は半兵衛様が仰った事に耳を疑った。
あの日のせいで、名前の記憶が失われた。
あの日の事は忘れた方が良い…。
だが、私と過ごした日々は、
あの日、互いの熱を求めた時は、
想いが重なり合った時は…
全て忘れ去ってしまった、と言うのか…。
全て、全て…。
「私のせいだ…」
藍に広がる空を見上げ呟く。
そこには孤独に佇む月が浮かび上がっていた。
孤独な月よ、何故その様に哀しむか。
美しい月よ、
お前は、何を願うのだ…。
私はもう一度、月を見上げた。
「折角の目出度い席なのに」
一人寂しく月見酒、とはね。
「半兵衛、様…」
一人で月を見ながら酒を煽っていると半兵衛様がこちらにやって来た。
私は急ぎ跪き、頭を下げた。
「あぁ、楽にしてて良いよ」
今夜は無礼講だからね、と仰った。
私は半兵衛様に幾つか聞きたい事があった。
勿論、名前に関する事。
だが、色々あり過ぎて、うまく纏まらない。
「その様子だと、頭の中が整理出来ていないみたいだね」
無理もない、か。
私は何処まで半兵衛様に見透かされているのだろう。
「…僕も君に聞きたい事がある」
半兵衛様が次の言葉を繋ぐ前に、良く知る声に遮られる。
「重治さん、こんな所に…あ、」
えーと…石田、様?