第2章 憧れはいつだって
するり、と大きな手がわたしの頭上を滑る。
優しい、暖かい。なんというか、心が温まってくる。
「おとう、さん?」
「あぁ、名前、いかにも。お前の父だよ。」
その言葉を聞いて、目尻に涙が浮かぶ。
あぁ、本当に。初めて、自分に命を吹き込んでくれた存在に出会えた。
頭を滑る手を取り、両手でぎゅっと握りしめる。
会場には鳴り止まない盛大な拍手。
親子の感動の再会を、祝福しているかのようだ。
「おとう、さん。おとうさん!ずっと…会いたかったよ!」
泣いたわたしに気がついたお父さんは、わたしの仮面を取り外し、白い手袋の上から目尻に浮かぶ水たまりをすくい取ってくれた。
今まで悪かった、一人にしてすまない。
お父さんも寂しかったと、まるで十数年では伝えられなかった愛情を真摯に言葉と抱擁で注ぎ込んでくれた。
それから約30分ほど。
ステージ上で繰り広げられる親子の再会シーンは幕を降ろす。
父は左に立つ男には聞こえないようにそっと、耳に唇を近づけた。
にちゃぁ。
唇が開くと同時に、粘液がへばりついたようないやらしい音が聞こえた。
湿った感触と気味の悪さに、全身の鳥肌がぶわりと解き放たれる。
「ひっ!?」
いくら肉親でも、流石に気持ち悪い。
だが、イタリアと日本の歴史の違いは歴然。
一種の愛情表現として受け取ろうと我慢していたのたが、そんな風には全く思えないほどに冷たい舌だった。
「おと、さん、いやだ、」
「あぁ、本当にいい女に育ったな。流石わたしの娘だよ。金をつぎ込んだ甲斐があった。ふ、ははは!」
突然、訳のわからないことを言い出す。
「……何言って…るの?」
「なぁに、そう急かすな。今にわかることだ。」
そう言って、感動の再会を果たした場面は切り替わり、起承転結の転の部分が、今からまさに始まろうとしていたのだった。