第2章 憧れはいつだって
お父さんの優しい右手はどこへ行ったのだろう。
今はわだしを殺しかねない、大きな凶器へと姿を変えてるようだ。
首回りを大きな輪っかで掴みあげられ、足は床から離れている。
そして、会場の前にいる皆に、まるで獲物を取ったぞとでも言いたげにブラブラと揺さぶるのであった。
「か、は!ぐる゛…じい゛!がはっ!」
左右に、時には上下に。
その度に会場からは大きな拍手。狂っている。
後ろの様子は見えないが、きっと左側に立っていた男も…笑っているのであろう。
大きな手でできた、首を締め付ける輪を取り払おうと両手に力を入れるものの、抵抗しようと思えばするほど、お父さんの力量は増す。
「ふ、ははは!愛しい、我が娘!名前よ!愛しているぞ!お前が今は殺したいほどに、愛しく感じる!」
「なら、…うっ!…どう…して…?こ、な…ことぉ!」
「あぁ、お前がそれを気にすることはない。ただ、本当に愛おしいだけなのだ!ふ、は…ははは!!よく聞け!紳士淑女の仮面を被った輩どもよ!今宵ここに、苗字グループと松野組の協定が結ばれた!」
『おお!やっと、やっとだ!』
『素敵、素敵ね!やっとあの松野組と!』
『これで我がグループも、ついにイタリアを…!』
苗字グループ?松野組?
なにそれ、全然わからないよ…!
自分は何のためにここにいるの?
唇の端から飲み込めない涎が、小川のように駆け巡る。
そして首を伝い、お父さんの白い手袋に吸い込まれていく。
「さぁ、皆さんお待ちかね。わたしの娘は今日から松野組の花嫁となる!彼女はたった今から、我々の平和の架け橋となるのだ!さぁ、松野おそ松、うけとれ」
『やっとあの娘も役に立つのね!』
『あぁ!首領の努力が実ったのだよ!』
お父さんはきつく締め上げた首から手を離し、左後方に
どさりとわたしを投げ飛ばす。
後ろで誰かが、クッションとなり、幸い床に投げ捨てられずにすんだ。
はぁ、はぁと息を切らして、わたしはただ呆然とする。
すでに涙は枯れはて、わたしを支配するのは恐怖という、人間の最大の敵であった。