第3章 真選組のしごと(前編)
1時間程でお風呂から上がった。
長い髪を後頭部で髪留めでまとめ、浴衣から覗かせたうなじから湯気がホカホカと立ち上る。
(ドアにある札ってこれかな?)
脱衣所へ向かう扉にぶら下がった木の札には、トイレでよく見かける丸と三角で簡単に表記されたものが描かれていた。
上部には小さな穴が開けられ、釘に引っ掛けられてた札をそっと引き抜いて裏返す。
そこには“利用可”と書かれていた。
(誰が作ってくれたんだろう?)
クスリと笑って歩き出した。
土方は今日起こった事件の報告書を終わらせ、机で一服していた。
土(アイツはもう寝たかな)
灰を灰皿に落とすと口に咥えた。
乱雑に置かれた書類をトントンと整えて閉じられた障子に向かって
土「山崎、これ持って行ってくれ」
しかし、スッと開いた扉の先には居たのは山崎ではなく
『あ、ごめんなさい。山崎さんじゃなくて私です』
名前が廊下に正座していた。
土「えぇ!?なんで名前!?」
『私、そんなに地味?』
皮肉を言いながらも笑っていた。
しかし名前は座ったまま動こうとしない。
『今日のこと、ちゃんと謝りたくて…』
土方は煙草を置いてスッと立ち上がり、名前の前に片膝をついて目線を合わす。
土「お前、何か悪いことしたか?」
『悪いことは…してない、けど…』
土「なら、謝る必要なんてねぇだろ」
名前は返す言葉が見つからず俯く。
『私…私は…』
土「お前は十分すぎる働きを見せた。他の隊士も感心していた」
(違う。私が欲しい言葉はそんなんじゃない)
土「名前…悔しいか?」
『―――ッ!!』
弾かれるように顔を上げると、相変わらず綺麗で真っ直ぐな瞳とぶつかる。
そして、溢れる気持ちが止まらなくった。
『悔しい!情けない!なんでもやりますって言ったのに、何にも出来なかった!私、みんなの…土方さんの力になりたい!土方さんの隣で歩きたいっ!私は――っ!』
グイッ―
突然、腕を捕まれ名前の身体は大きな腕の中に収められた。
そして、その時初めて自分が泣いていることに気付いたのだった。