第13章 鬼と豆まき《弐》
「俺からの頼みだ。待っていて、くれないか」
血管を浮かばせる程に圧をかけているのも、静かに強い声を発しているのも、禰豆子を抑える為ではない。
「頼む」
自分自身の為だった。
杏寿郎の目線は禰豆子へと向いていない。
その目が片時も離れず見守っているのは、目の前の影鬼だ。
些細な変化も見逃さないようにと全神経を集中させていた。
「陽に当たってもあの影鬼は消えなかった。つまり蛍は死んでいない」
「ぅぅ…」
「状況はわからないが、生きている。生きてさえいれば救うことができる」
「…ぅ…」
「その突破口が見つかるまで耐えてくれ」
「……」
だから己は耐えているのだと。そう告げているかのような杏寿郎の姿勢に、禰豆子は抗いを止めた。
今すぐにでもこの影の中へ飛び込みたいのは、杏寿郎も同じなのだ。
小さな手が、手首を掴んでいる杏寿郎の手に触れる。
ぺたぺたと触れてくるのは、放せと訴えるよりも寄り添うものに近い。
初めて、杏寿郎の瞳が禰豆子を映し入れた。
見上げてくる桜色の瞳は、縦に割れていることこそ同じではあるが蛍の血のような瞳に比べると随分と柔らかい印象を持つ。
その目を見返して、そっと杏寿郎は小さな手首を放した。
もうその手を放しても、少女が影へと飛び込まないと判断できたからだ。
自分と同じ、耐える覚悟をした者の目だと。
「師範!」
そこへ春風のように可憐な声が飛び込んできた。
今は切羽詰まり、かつての杏寿郎への敬称を呼ぶ。
「日輪刀ッ持ってきましたぁ!」
「甘露寺か! ありがとう!!」
林の中から飛び出してきたのは、杏寿郎の日輪刀を手にした蜜璃だった。
ぱっと上がる杏寿郎の顔が途端に輝く。
鎹鴉にて、今回の事態は即刻当主の耀哉とこの場にいなかった他柱達に伝えられた。
鬼である蛍の暴走なら日輪刀は欠かせない。
他柱達の合流と共に、何よりそれを杏寿郎は心待ちにしていた。