第13章 鬼と豆まき《弐》
「力を取り戻したら、異能を制御しろォ」
柱会の時のように、出血している部位を無理矢理口内に押し込むようなことはしなかった。
手首を伝う血を指先で拭い取り、焼け爛れた蛍の口元へと寄せる。
「此処から出るぞ」
微かに口を開くも、理性が呑まれる恐怖は残っているのか。後一歩を踏み出せないでいる蛍の唇に、実弥の赤い指先が──優しく、触れた。
「それまでは、俺が面倒を見てやる」
日も暮れた夜の空。
まだ薄らと空は明るさを残しているが、それもじきに暗闇へと変わる。
「ムぅ!」
「あっ! 禰豆子ちゃん!?」
空が闇へと染まる前に、太陽が姿を消したことを悟った少女が木箱から飛び出した。
慌てた須磨が手を伸ばしたが、時既に遅し。
一直線に、荒地の中心に広がる黒い沼のような影へと飛び込んでいく。
「待て」
「ッ!?」
ぎりぎり縁でそれを止めたのは、細い禰豆子の腕を掴んだ大きな手。
同じく影の縁の手前で事を見守り続けていた杏寿郎だった。
「剣士ならまだしも、鬼である君が蛍の異能の中へ飛び込むことは、どんな相互作用を与えるかわからない。危険だ」
「うう…!」
「心配しているのはわかっている。だが待て。既にこの中には不死川と時透がいる」
「うムゥ!」
「彼らは柱だ」
いつもの張りのある声ではない。
静かに告げる杏寿郎の声は、しかし禰豆子には届かない。
尚も抗おうとする禰豆子の体が、木箱に収まっていた小さな少女から通常の大きさへと戻る。
少女であっても鬼である。抗う力は強い。
その禰豆子の手首を掴む杏寿郎の手にもまた、力が入る。
みしりと杏寿郎の額に浮かぶ血管に、宇髄の妻達は慌てた。
「お止め下さい煉獄さ──」
「待って」
日輪刀を所持していなくとも熟練の柱。
かたや相手も少女であるが特異な鬼。
一発触発な空気になる前にと割り入もうとしたまきをを止めたのは、雛鶴だった。
「何を…!」
「待って、まきを」
雛鶴の目はまきをを見ていない。
その目は、淡々と静かに告げる杏寿郎へと向いていた。