第13章 鬼と豆まき《弐》
二度目の舌を打つ。
それは蛍に対してか、はたまた別のものに対してか。
「…んなに嫌なのかよ」
「っ鬼、に…なりたく、ない…」
鋭い牙に鋭い爪を備え、その目は無惨のように血のように赤く割れている。
これは紛うことなき鬼だ。
しかし蛍が拒否しているものは鬼である自身のことではなく、別のものであることに実弥も気付いていた。
血肉を好み、喰らい、人間を餌としか見ない生き物。
正に化け物と呼ぶに相応しい姿に、成り果てたくないのだ。
「きょ、じゅろも…ぎゆ、さんも…いないのに…耐えきれ、な」
「何言ってやがる」
三度目の舌打ちは既のところで呑み込んだ。
苛立ちはまだ残っていたが、それで責めるは蛍ではないと悟っていた。
「煉獄の声も冨岡の声も聞いたのは、お前の意志だろ。あいつらが凄い訳じゃねェ」
「…?」
虚ろな右目が疑問を投げかけてくる。
その目は杏寿郎と義勇の存在があってこそだと思っているものだ。
だから否定した。
「鬼であるお前が、人を信じた結果だろ。だから二人の声も聞けた」
その人間によって最愛の姉は利用され、自身も殺されたというのに。
もし自分が柚霧のような人生を送っていれば、早々人など信じられない。
蛍を擁護する訳ではない。
しかし彼女の生き様を、人としての最期を、知ってしまった。
だからこそ認めるべきだと思った。
「それは全部、お前の意志だ。血を飲んでも鬼の自分を抑制できたのは、お前がお前に勝ったからだ。それにいい加減気付け糞がァ」
最後は苛立ち混じりに。
何故こんなことを言ってやらねばならないのかとも思ったが、ここで告げるべきことだと理解していた。
唖然と実弥を見ていた蛍の虚ろな右目に、光が宿る。
「呼吸を正せ。腹に力を入れろ。目を逸らすんじゃねェ。現実をしっかりと睨め」
一つ一つ言い聞かせる。
掴んでいた胸倉を離しても、もう蛍は逃げなかった。
「お前は鬼だ。血肉は糧だ。全部自分のもんにして支配しろ」
もう逸らされない鬼の瞳は、最初は無惨の紅梅色の瞳に似ていると思ったが、よくよく見れば違った。
金魚と同じ。
気付けば惹き付けられる、色鮮やかな緋色。