第1章 そのときまでおやすみ
「お母さん、今日は仕事どうだった?」
「今日はねークロワッサンがたくさん売れたの!常連の田中さんが宣伝してくれたみたいでねー」
「ボヌールにはおすすめらしいおすすめがやっぱりいると思う」
「そうねえ、考えなきゃ」
お母さんは烏野高校の傍の「ボヌール」というパン屋さんを経営している。焼き立てのパンのあたたかい香りが好きで、ずっとパン屋さんになりたかったらしい。
…私には将来なりたいものなんてないから、夢に向かってひた走ったり、思いを馳せるときの気持ちは理解できないけれど。
「ごちそうさまでした」
「今日は?出かけるの?」
「うん、そのつもり」
「そっかそっか」
今日は天気が良かったようだ。窓を開けても湿気のある匂いがしなかった。
「お母さんは?もう寝る?」
「まだだけど日付が変わる前には。明日も早いから」
「わかった。おやすみ、いってきます」
「おやすみ、いってらっしゃい」
こくりとハーブティーを飲むお母さんを背に、私は支度をするために部屋へ向かった。
日没と日の出を調べ、日の出の時間の30分前に腕時計のアラームを設定する。寒そうだから防寒はしっかりと。今日はニットもかぶってしまおう。
カーテンをそっと開けると、外はだいぶ暗くなっていた。もう大丈夫。
「いってきます」