第1章 アイスランド・ブルー(遙)
「ちょっとハル!」
小走りでやっと追いつけた。見かけによらず意外と歩くのが速い。
「何ここ、土管?ちょっと狭いね」
よいしょっと、と座り込む。
と、ハルが徐に口を開いた。
「好きだったんだ、昔」
「え?何が?」
「ここ」
「へえ」
「…座り方が違う」
「え?何?」
突然ハルに肩を持たれてくるりと体の向きを変えられた。どうやら土管の両端にある出入り口の方を向くのが正解だったらしいが、ぴったりと背中合わせになってしまった。
「ちょちょちょ、ハル?」
「公子」
「!?!?は、はいっ!」
「俺の話、聞いてくれるか?」
「え、う、うんもちろん」
それからハルはぽつぽつと話し出した。
「小さい頃家の風呂やスイミングスクールばかり行っていて遊びに行かなかった俺を真琴が誘って、時々この公園に来てたんだ」
「うん」
「ある冬の日に真琴にこの公園に集合して遊ぼうって言われて。俺は来たんだけど真琴が来なくて。後で聞いたら急に熱を出したみたいで」
「うん」
「そのことを知らなかった俺は、この土管の中で真琴を待ち続けたんだ」
「ひとりで?」
「ひとりで」
少し驚いた。可愛らしい思い出かと思ったら意外とそうでもなさそうだ。
「昔から両親が揃って家を空けることが多くて、家ではたいていひとりだった。真琴がいるときはそうじゃないけど、その日は真琴は来ないし雪は降ってくるしで、世界でひとりきりみたいだって思いながらここで雪を見てた」
冬、土管、雪。今と情景が似ているのだろうか。
でも、でも。
「ハル」
「なんだ?」
「こっち向いて」
「?ああ」
向かい合わせになる。
ハルの綺麗な目をまっすぐ見ながら、私は言った。
「今はね、ふたりきりだよ」
しばしの沈黙。
しかしその時間は「っふ」という、ハルの小さな笑い声によって破られた。
「え、ハル?」
ハルがくすくすと控えめに笑う理由が分からず、私はうろたえる。
しばらく笑い続けた後、ハルはふー、と一息つき、穏やかな目で私を見た。
あまりにも幸せなひと時だからか一瞬一瞬がゆっくりと水の中を流れるようにゆるやかに見える。
降る雪も、流れる時間も、彼の口もスローモーションで動く。
「…公子」
ありがとう。
end**