第7章 特別編*バレンタインデーキッス
scene6*シルバー・ピンク(宗介)
いつものようにウィンドブレーカーを羽織り外へ出る。夜明け前の空はまだ夜中のように暗く、息も白い。
順調にランニングをし、ルートに入れている広い公園に差し掛かると、大きな木の下でいつもの人影が見えた。俺に気づいた影が大きく手を振る。
「おはよう宗介!」
「…よぉ、公子」
公子は俺を見て不敵に笑った。
木々の鳴る音と二人分の吐息と二人分の足音が聞こえる。並ばず、人一人分くらいあけて、ひたすら前へ前へ進む。
公子は他校の陸上部員だ。都内の高校に通う俺と同じように陸上の強豪校に通い、昼夜問わず走っている。ランニングコースと時間が偶然重なり、少しずつ話す仲になっていた。
前を走る公子が少しずつペースを落とし始めた。これは休憩の合図。
「どうした?もうへばったか?」
「…肩、悪いの?」
動揺した。けどそれは故障を隠しきれていなかったことにというより、公子に聞かれたことにだった。
「…ああ」
「学校は?」
「この春に転校する」
「…そっか」
訪れる沈黙。できればこいつには知られずに去ってしまいたかった。
「宗介」
「ん?」
手元に何かを投げ渡された。咄嗟にキャッチし見てみると缶のホットココアだった。
「なんだよこれ」
「あげる」
「だからなんで…」
公子は数歩スキップした後、振り返る。
「本当はきちんとお菓子とかプレゼントとか渡そうと思ったんだけど、柄じゃないかなって」
「はぁ?」
「もう!しつこい!」
何故か急に怒鳴られた。
「宗介、お前もう明日から走りに来るな!」
「はぁ!?なんでお前にそんなこと」
「半端なことしてないで、ちゃんと治してこい!いい?」
「…わかったよ」
小指を突き出される。
「何?」
「指切り」
「あぁ」
小指を絡ませる。少しでも力を入れると折れてしまいそうな、華奢な指だった。
「宗介が治して戻ってくるまで毎日走るからね、だからちゃんと戻ってきて。いい?」
「…わかった」
「はいっ!じゃあ今日はもう解散!」
「は!?」
「ハッピーバレンタイン!」
そう叫んで公子は走り去っていった。
ココアを一口飲む。
「…あっま」
白い吐息が、冬の空気に溶けて消えた。
end**