第7章 特別編*バレンタインデーキッス
scene4*フォギー・ローズ(怜)
しんとした図書室に、シャーペンのさらさらという音が控えめに広がる。
僕は目の前に座る女性に頼まれて期末試験の対策をしていた。
「できた。どうだろ」
「少し待ってくださいね…あ、ここ間違ってます」
「あら、どこ?」
「ここです。立式は合ってますが計算ミスが」
「ん、すぐ直しちゃうね」
輪郭に沿ったきれいな曲線を描く横髪を片方だけ耳にかけ、彼女は再びノートを見つめる。彼女が唇に指やシャーペンを軽く当てるのは、考えるときの癖のようだ。
僕は時折彼女の仕草を眺めながらも自分の勉強を進めた。
「できた」
「えっと…正解です!少し休憩にしませんか?」
「うん…んっ」
ゆっくりと大きく伸びをし、公野さんは一息つく。いつもながら動作がゆったりとした人だ。
「竜ヶ崎くんはさ」
「はい?」
「下の名前なんて言ったっけ」
「怜ですが…どうかしたんですか?」
「いや、聞いてみたかっただけ」
頬杖をつく彼女にまっすぐ見つめられる。何を見て考えているのか非常に興味深い。
しかしいつも聞けないまま時間ばかりが過ぎる。
「あの…」
「よし、そろそろ続きしようか」
ほら、まただ。
「そういえば、公野さんはどうして僕に頼まれたんですか?見た限り学力は僕とそう変わらないと思うのですが…」
靴箱で靴を履き替えながら僕が何となしに聞くと、公野さんは少し考えた顔をし、口を開いた。
「知りたい?」
「知りたいから聞いたんです」
「んー…」
しゃがんだままの僕の首元にふわりとした感触があった。思わず顔をあげる。
「これ公野さんのマフラーじゃないんですか?」
「違うよ、それは竜ヶ崎くんに」
「おっしゃってる意味がよく…」
公野さんの華奢な手で一瞬目隠しをされ、唇にやわらかいものがふれた。
「君と、一緒にいたいからだよ」
そう耳元で聞こえるや否や、両目に冬の日の明るさが飛び込んできた。彼女は何もなかったのかのように目の前にいる。
ちょっと待て、今のは
今のは、何だ。
「じゃあまた明日。ハッピーバレンタイン」
そう言い公野さんは去っていった。
灰色がかった暖色のマフラーを残し、僕の高鳴る鼓動にも、火照った頬にも、少しだけ潤んだ両目にも目もくれず。
end**