第5章 フォーゲット・ミー・ノット(凛)
からりとした晴天と、少し湿気の多いこの感じ。日本に帰って来た実感が湧く。
「凛、元気かな…」
ぐんと伸びをした後、私は足取り軽く凛の元へ向かった。
凛と初めて出会ったのは、オーストラリアのとあるスイミングプールだった。と言っても私は泳ぎに行っていたわけではなく、バックパッカーをしていた当時、気まぐれで立ち寄って入口前でぼんやりとしていたのだった。
「…あれ?」
建物の中から少年が走って出てきた。
「もっと速くならなきゃなのに…どうしてっ…!」
少し離れたところからでも、拳をぎゅっと握りしめているのが分かる。
中学生だろうか。日本語を喋っているから日本人なのだろう。
「おーい、少年!」
「っ…!に、日本人!?」
「イエース、日本語喋るの久しぶりだからちょっと不安だなあ…」
「あの…お姉さん、誰?」
「通りすがりのバックパッカーです!」
それからというものの私はしばらくオーストラリアに滞在し、その間時々プールに立ち寄っては凛と色々な話をするようになった。
「公子さんはさ」
「ん?」
「どうしてバックパッカーになったの?俺に声をかけたの?」
「…んー」
私の実家は裕福ではあったが、家族仲は冷え切っていた。両親は顔を合わせる度大喧嘩、各々が仕事を持ち、私と年の離れた妹の二人をほったらかしにして仕事に打ち込んでいた。
幼い妹は親を求めて泣き続け、その鳴き声は家事と学業をこなす私を苛立たせた。
ある日、私が学校から帰ると妹の姿はなく、私は冷めた夕食と共に妹の帰りを待ち続けた。
突然電話が鳴った。病院からだった。妹…倫は、学校で自殺を図りこの世からいなくなった。後々聞いた話だが、学校でいじめられていたらしい。
知らなかった。倫は学校を、友人を、親を、そして私を恨みながら死んだに違いない。妹を守れなかった私など生きている意味などない…
そう思い、私は通っていた学校を辞め、リュックひとつを持って旅に出た。
妹と同じ名前だったから…なんて言えるわけがない。
口から無意識に乾いた笑いがこぼれた。
「ねえ、凛」
「何?」
「生きるのって、死ぬほど大変なのね…」
冷たい夜風が頬を撫ぜる。
当時の私は、死に場所を探すために生きていたのだ。
to be continued…