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掃除婦の恋煩い

第1章 たかがバイト、されどバイト


「ありがと…。そろそろ行く…。」

添えられた手から離れてドアノブに手をかける。
伝わってくる優しさで、自分が解けてしまわないように。

「そうか、気を付けて行っておいで。」

「ん。行ってくる。それからしばらく呼び出し禁止ね。」

「いいじゃん、ケチ。」

「そうじゃなくて!私達が血縁関係あるって知らないやつらに好奇の目で見られるのが面倒なだけ。…また想子さんに会いにいくし。チャトラにも会いたいし、だから!」

「うん、うん、分かってるよ。」

頭をポンポン叩いて、佐渡はニコニコ微笑む。
チャトラは二人の可愛い子供、トイプードルの男の子。
最近やっと慣れてくれて、抱っこもさせてくれるようになった。

「チャトラが忘れないうちにおいで」

小さく頷いて、軽く振り返る。
口元を引き締めて微笑む。
そこにはさっきまでの泣き出しそうな彼女はいない。


「じゃ。」

「行ってらっしゃい。」

背中に感じる優しさをドアが隔てるよう締まる。

「…ふぅー…。」

一度目を閉じ、深く息を吐く。
さぁ、ここからは戦いだ。


会社を出ようとエントランスに向かう途中、何回か感じる好奇の視線。
その視線をまとめているのは…。

「金泉さん、もう帰るの~?」

「吉田さんお疲れ様でーす!」

「何の話だったの?仕事の話?」

ニヤニヤしているつもりは無いんだろうけど、伝わってくる冷やかし。
でも大丈夫。私はもういつもの私。
この後は崩れない営業スマイルで返事をして、彼女の期待外れな反応をして、さっさと次の職場に行くの。

「実は次のシフトの希望出し忘れてて~催促されちゃいました。他のバイトとの兼ね合い難しくて~。一応その場で書いて出せたんでセーフでしたけど。」

「…ふーん。」

「来月もよろしくお願いしますね。今日の場所、また吉田さんと一緒になりそうですから。」

「そうなんだ。よろしくね。」

「はーい。また~。」

案の定、つまらなそうな様子の吉田さんと別れて会社を出る。

「急がなきゃ。。」

外はまだ4時だというのに薄暗い。
3月の夕暮れはまだ早く、寒さも厳しい。
肺に冷たい空気を入れて、濁った気持ちを吐き出す。

「さて、次はコックさんだ~頑張るぞ~」
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