第1章 たかがバイト、されどバイト
次の現場もそつなくこなして清掃会社での仕事は終わり。
一度センターに帰って着替えを済まし、タイムカードを押すと所長が声を掛けてきた。
「金泉さん少し良いかな?」
背中に吉田さんや他のスタッフの視線を感じるが、特に気にせず所長室に着いていく。
きっと今頃は不倫だのなんだの騒いでるんだろうけど…。
人の事でこんなに時間や思考を使うなんて勿体無いって思うのは私だけだろうか。
「例の話、考えてみてくれた?」
目の前でニコニコと話をしている佐渡所長は、年齢は50代位で落ち着いた大人の男性。
愛妻家で、デスクの周りは家族写真でいっぱい。
最近白髪が目立ち始めたと落ち込んでる…私の叔父。
「佐渡さん、あんまり個人的に呼び出すの止めて下さいよ」
「佐渡さんだなんて他所他所しく呼ばないで、昔みたいにまーちゃんて呼んでよ」
少し悲しそうな顔をしてそう言う叔父は、自分の膝の上をポンポン叩いて手招きをする。
「はぁ…で、佐渡正広所長、要件は?」
「ちぇ~つれないこと言わないでよ」
不発に終わった招待をつまらなそうにしている叔父は口を尖らせて拗ねるが、生憎付き合う余裕は無い。
「要件がないなら帰ります。次の職場に向かうので。」
踵を返し扉に向かうと焦った声が聞こえて呼び止められる。
「分かったから、ふざけないから聞いてよ」
「…で?」
「冷たいな~…ま、良いか。お話はこの前の続き。このセンターの正社員になって欲しいんだけど…」
「お断りします」
話を最後まで聞かずにバシっと答える。
「本当ならここのバイトだって辞めるか悩んでるし」
「でもそれは約束違反だよね?」
はるの発言に釘を差して佐渡は続ける。
「私ははるの事が大事だし、一番の味方でいたいと思うし、助けになりたいと思ってる。」
「なら…」
「でもね、もう頑張り過ぎてる位だと思うんだよ。気持ちは分かるけど、そろそろ自分を大事にしなさい。」
「………」
「確かに今の生き方はお前の為になるのかもしれない。目標なく生きてる奴らなんかより全然立派だよ。でも無茶はしても無理は長く続けるもんじゃない。体が壊れたら元も子もないからね」