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恋愛短編集

第11章 I’m Just a Dog


「……何してんの、帰るよ」
 
その声が聞こえた瞬間、視界が弾けた。
 
立ち上がる拍子に、何かに肩をぶつけた。痛え。

でも、そんなのどうでもいい。
なりふり構わずアスファルトを蹴って、彼女の影に飛び込む。

「……ったく、お前はいつも、早えんだよ」
 
追いついて、横に並ぶ。
わざと肩をぶつけてみる。
彼女の骨の硬さ。服の擦れる音。
生きている。俺はまだ、ここにいる。
 
それを確認するたびに、アドレナリンがまた変な具合に混ざり合って、視界がちかちかした。
 
「次は俺が買うから。……だから、火は貸しとけよ」
それは、俺に言える精一杯の「行くな」だった。
 
彼女は答えない。ただ、歩幅を広げる。
それが「ついてこい」という合図だってことは、もう嫌というほど知っている。

コンビニの、あの不躾な蛍光灯の光は嫌いだ。
ステージのライトみたいに俺を飾ってはくれない。
ただの、疲れ果ててボロボロになった、不器用なだけの男であることを突きつけてくる。
 
レジで彼女の煙草の銘柄を告げる。
自分の分なんて、本当はどうでもよかった。
 
ただ、「明日も吸うだろ」と言い訳を作って、彼女の時間を数時間分、無理やり買い取っただけだ。
最低だな、と自分でも思う。
 
アパートへの帰り道。
新しく火をつけたタバコの煙を吐き出しながら、また肩をぶつける。
彼女が眉をひそめる。文句を言う。
 
その全てが、ライブハウスのどんな歓声よりも、今の俺の鼓膜にはよく響いた。
 
――逃げない。タバコ、もう一箱買うまではね
彼女のその言葉が、執行猶予みたいに俺の胸に突き刺さる。
 
それでいい。それで十分だ。
一箱分。それが終われば、また俺は必死で次の理由を探す。
 
二つの火が並んで揺れている。
この煙が消えるまで。あるいは、次の夜が来るまで。それでいい。

next→The Leash of Smoke
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