第11章 I’m Just a Dog
鼓膜の奥で、まだ何かが狂ったように鳴り続けている。
さっきまで俺を支配していた爆音の残響か、
それともただの耳鳴りか。
指先は自分のものじゃないみたいに震えて、
コンクリートの冷たさすら、どこか遠い出来事のように感じていた。
魂を全部、あのステージに置いてきた。
今の俺は、ただの空っぽな肉の塊。
そこへ、煙の匂いが降ってきた。
顔を上げなくてもわかる。彼女の匂いだ。
「一本、よこせ」
喉から出た声は、自分でも驚くほど掠れていた。
俺は今、何かに縋っていないと、
そのまま地面に溶けて消えてしまいそうだった。
押し付けられたタバコには、
彼女の体温と、微かな呼吸の欠片が残っている。
獲物に食らいつくみたいに、それを深く吸い込んだ。
肺の中に、彼女の肺を通ったばかりの熱が流れ込んでくる。
その熱だけが、俺をこの世界に繋ぎ止める唯一の錨。
彼女の膝に額を押し当てる。彼女の匂いと、煙の白。
ステージの上では、視線をねじ伏せることができた。
なのに、どうしてこの女の前では、
タバコ一本のためにこんなに惨めな姿を晒しているんだろう。
滑稽だ。そう、笑えばいい。
けれど、彼女の冷たくて静かな拒絶だけが、今の俺には心地よかった。
「もういいでしょ。私、帰るから」
その言葉に、心臓が跳ねた。
置いていかれる。
暗闇に、この静寂の中に、たった一人で。
それだけは、死んでも御免だ。
彼女の足音が遠ざかる。規則正しく、残酷に。
十歩、二十歩。
追いかけなきゃいけないのに、腰が重い。
プライドが邪魔をする。
いや、嘘だ。
本当は、彼女が振り返ってくれるのを待っていた。