• テキストサイズ

恋愛短編集

第12章 The Leash of Smoke




 
その時、静寂を切り裂いて、玄関のドアが開く音がした。
鍵が回る音。規則正しい足音。
 
「……アズサ?」

部屋に入ってきた影に向かって、ナツキは祈るようにその名を口にした。
アズサはベッドの上で呆然としているナツキを見て、少しだけ眉を上げた。
 
「起きたんだ。おはよ」
「……消えたと思った」

余裕のない声が出た。
昨夜、人々を熱狂させた男の面影なんて、どこにもない。
 
彼女は少しだけ呆れたように笑って、彼の隣に腰を下ろした。
 
「何それ。煙草、切れたから買ってきただけ」
「は? 昨日俺が買ってやったばかりだろ」
 
ナツキは指の間の、燃え尽きようとしている煙草を灰皿に押し付けた。
アズサは袋から新しい箱を取り出し、手慣れた仕草でビニールを裂く。

「あの後、目が冴えたから全部吸った。
 ナツキの寝顔見てたら 外、明るくなってきて、おかしいの」
「吸いすぎだろ、お前」

呆れ混じりに言いながらも、
ナツキの胸の奥を占めていた不透明な不安は、
霧が晴れるように消えていった。

触れるか触れないかの距離の先にある彼女の服から、
外の空気の匂いがした。

昨夜のライブハウスの匂いでも、
煙草の匂いでもない、
ただの、穏やかで退屈な朝の匂い。
 
「次はもっと、ゆっくり吸えよ」
「気分次第」
 
ZIPPOの蓋がカキン、と渇いた音を立てた。
アズサが新しく火をつけた煙草。
その煙が、ナツキの鼻先をかすめる。

彼もまた煙草に火をつけた。
温い煙の温度が口内へ、肺へ浸透していく。
吐き出した煙が隣の煙と混じり合うように消える。


ただ、帰ってきた。それだけでいい。
ナツキは隣から伝わってくる確かな熱を感じながら、
今いる場所を再度確認するかのように、天井を見上げた。
 

-end-
/ 61ページ  
エモアイコン:泣けたエモアイコン:キュンとしたエモアイコン:エロかったエモアイコン:驚いたエモアイコン:なごんだエモアイコン:素敵!エモアイコン:面白い
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp