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恋愛短編集

第10章 Like a Stray Dog【ギタリスト】


 
「何してんの、帰るよ」

背後でガツン、と何かがぶつかる音がした。
慌てて立ち上がり、何かに肩をぶつけたのだろう。
無骨で、必死な、余裕のない足音がアスファルトを叩き、急速に近づいてくる。
 
「……ったく、お前はいつも、早えんだよ」
 
少し乱れた息と共に、横に並んだ影。
彼は前を向いたまま、でも肩が触れ合うほど近くを歩き始めた。
ライブ終わりの、獣のようなアドレナリンとタバコの匂いを撒き散らしながら。

「次は俺が買うから。……だから、火は貸しとけよ」
 
私は何も答えず、ただ少しだけ歩幅を広げた。
夜風が、二人の間を通り抜けていく。
その後ろを、彼は迷い犬のように、あるいは捨てられた子供のように、迷いなくついてくる。

横に並んでからも、彼は妙に落ち着きがなかった。
広い道に出ても、彼は私の数センチ隣を離れようとしない。
それどころか、歩くリズムに合わせて、わざとらしく自分の肩を私の肩にぶつけてくる。
 
​「ねえ、痛いんだけど?」

​私が眉をひそめて横を向いても、彼は前を見据えたまま、似合わない生真面目な顔をして歩き続けている。
 
けれど、数歩も行かないうちに、またコツン、と硬い骨の感触が腕に伝わった。
邪魔だけ、痛いだけの、いつもの歩き方。
         
​「さっきから何なの。道、広いよ」
 
「……別に。足元が暗いだけ」
 
​嘘。
街灯は嫌というほど白々と道を照らしている。
 
​「あんたさ、さっきまであんなに偉そうにしてたのに。
 今はただの不器用な犬ころ」
 
「うるせえ」
 
​彼は不貞腐れたように呟き、今度はわざと強く、私の肩に自分の体重を預けてきた。
よろめきそうになった私の二の腕を、彼は慌てたように、でも離したくないという強さで掴む。
 
​「逃げんなよ」
 
​掠れた声が、夜風に混じって耳元をかすめた。
突き放したいのに、掴まれた場所から伝わってくる彼の鼓動が、あまりに早くて、あまりに必死で滑稽だ。
 
結局私は、面倒くさそうに溜息をひとつ吐き出したあと、彼の手を振り払うのをやめた。
 
​「逃げない。タバコ、もう一箱買うまではね」

​そう言うと、彼は満足したのか、掴んでいた力を少しだけ緩め、今度は私の歩幅にぴったりと合わせて歩き出した。

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