第10章 Like a Stray Dog【ギタリスト】
耳の奥で、まだ電子的なノイズがハウリングを起こしている。
ライブハウスの裏口、湿ったコンクリートの匂いと、誰かがぶちまけたアルコールの死骸。
私は壁に背を預け、手の中にある箱から最後の一本を引き抜いた。
ZIPPOの蓋がカキン、と硬い音を立てて開き、青白い火が灯る。
深く吸い込み、肺の中に重たい煙を溜めてから、ゆっくりと夜空に向かって吐き出した。
「……おい」
足元から、地を這うような低い声が聞こえる。
見下ろすと、そこには先ほどまで大勢を夢中にさせていたスポットライトに当たりっぱなしだった男が、ただの抜け殻のように座り込んでいた。
ステージの上であんなに凶暴な音を鳴らしていた彼の指先が、今は微かに震えている。
「一本、よこせ」
彼は私を見上げもしない。ただ、私の指先にある熱を求めている。
私は面倒くささを隠さず、大きく溜息をついた。
「これ、最後の一本。ナツキ、あんたのは?」
「……どっか行った。失くした」
「ガキじゃないんだから。自分の管理くらいしなよ」
毒づきながらも、私は二口、三口と自分の肺を煙で満たした後、そのタバコを彼の唇に押し付けた。
指先が彼の熱い唇に触れる。
彼は獲物に食らいつくように、私の吸いかけを深く吸い込んだ。
「……生き返った、気がする」
彼は私の膝に額を押し当てるようにして、深く、長く煙を吐き出す。
その煙は私の身体に絡みつき、境界線を曖昧にさせた。
ステージの上で悲鳴にも似た歓声を浴びていた男が、今は一服のタバコのために私に縋っている。
その滑稽さと、残酷なまでの美しさ。
私はスマホの画面で時間を確認すると、彼の頭を膝先で軽く小突いた。
「もういいでしょ。私、帰るから」
「待てよ。まだ耳鳴りが止まんねえ」
「そんなの知らない。耳栓でもして寝ればいいんじゃない?」
空になった箱をくしゃりと握りつぶし、私は灰皿に放り投げる。
未練なんてこれっぽっちもない。
私は背を向け、暗い路地の方へと歩き出した。
規則正しく、足音だけが路地裏に虚しく響く。
一歩、二歩……
十歩。
二十歩。
彼は追いかけてこない。
そのまま暗闇に溶けて、消えてしまうんじゃないかという沈黙。
けれど、私は確信していた。
私は一度も振り返らずに、夜の空気に声を投げた。
