第8章 髪を切ったら、“知らない恋”に捕まった【美容師】
「本当によかったんですか? 好き勝手やっちゃいましたよ」
カットの終わった髪をセットさせながら美容師は少し小さな声でそう言った。
足元には私の髪が散らばっている。思いの他ばっさりと切られていたそのヘアスタイルは新鮮だった。
すごく気に入ったわけでも気に入らなかったわけでもないけど、好きな顔が切った髪だ。
それだけで満足する。随分と自分勝手な客だ、と自分でも思う。
「お願いしたのはこちらですから」
この髪と一緒に私の引き摺りそうになっていたどうでもいい恋愛を捨てきった。
そう思えば楽なものだ。
ただこの美容師は少し不安げな顔をしている。
「全てお任せするようなこと言っちゃってすみません。
この髪型、気に入りました」
「全部任せてくれるなんて、意外とそういう方少ないから緊張しちゃいましたよ」
ついフォローしてしまうようなことを口走ると彼は安心した様子だった。
私の髪を軽く撫でてふんわり笑った。
「ありがとうございました」
彼はご丁寧に店のドアの外まで見送りをしてくれた。
「こちらこそ、ありがとうございました」
「髪、お似合いだと思いますよ、自分で切って言うのもなんですけど」
彼はそう付け足した。私は軽く会釈をしその美容院を後にした。
その日は、一日だらだらと買い物をした。
折角髪を切ったんだ、それに合った服を買ってみた。
あれもこれもと選んでいくうちに靴も含めたフルコーデ。
デートもなくなったし、着る機会ないんだけれどな。
思いを切ったはずなのにそんなことを考えてしまっていた。