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恋愛短編集

第7章 Happy Birthday to YOU.


​彼女は毒気が抜けたのか、僕に「泊まっていい」と告げると同時に、あっけなく意識を手放した。
倒れ込んできたのは、僕の膝の上。
よく見れば、僕のパーカーの袖を、子供のようにぎゅっと握りしめている。
 
​「無防備すぎるでしょ、普通に男なんだけどな、僕」
​無理に引き剥がす勇気も、起こす忍びなさも持ち合わせていない。
僕は彼女を離さないまま、ふわりと漂う甘い砂糖とアルコールの香りに包まれていた。



勝手な思い込みで絶望して、店を飛び出した情けないパティシエ。
でも、その「やる気のなさ」が、僕をこの場所に導いてくれた。
もし僕が完璧な職人のまま店に残っていたら、彼女は今頃、広い部屋で一人、誰に祝われることもなくあのケーキを食べていたはずだ。

​「今日だけは、不真面目な僕で良かった」
 
​彼女が「一生飽きない」と言ったパンケーキ。
明日の朝は、世界で一番幸せな朝食を彼女に贈ろう。
今度は仕事としてではなく、一人の男として、彼女のためだけに。

​店の「鍵」は、まだ僕のポケットの中にある。
夜が明けたら店に戻って、最高の材料を揃えて。
​掴まれた袖を愛おしく見つめながら、僕は甘い匂いが残る部屋で、静かに目を閉じた。
 

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