第8章 別稿 私の気持ちは、難解で。
少し暖かくなった陽気に早めの桜が校舎を彩り始めた頃、自由登校を終えた三年生の先輩たちが再び今日もう一度だけ、姿を現しました。胸元にはお揃いの小さなお花の飾りをつけて並んでいます。私も在校生の列の一人として、長い式典に参加しました。
校舎の中は騒がしく、どこも似たような音で満ちています。笑い声と、呼び合う声と、写真を撮る音。そのどれもが少し遠くに感じられました。
私は少しだけその場に立ち止まって、どこへ行くべきかを考えます。特に行く理由のある場所はありません。
友人たちは部活動に行ったり、あるいは仲が良かった先輩方と肩を並べて写真を撮ったり、会話をしたり、その喧騒の中ただ、ひとりでまだ満花には満たない桜を遠く眺めています。帰るにはまだ早い気がしました。
視線を巡らせると、丹羽先輩が見えました。人の輪の中に居て、いつも通りよく喋っていました。
あの中に入るのは、少し面倒です。特に用事はありません伝えたいことも、ありません。それでもこのまま何もせず終わることの方が、少しだけ、気持ちが悪いと感じました。
だから私は、先輩が一人になるのを待ってから声を掛けました。
「丹羽先輩。卒業おめでとう御座います。」
自分から話し掛けるのは、あまり慣れていません。けれど、特に問題はありませんでした。
「キョーちゃん」
「何ですか?」
「初めてキョーちゃんから声掛けて来てくれたね」
「そうでしたっけ?」
覚えていないわけではありません。ただ、特別なことではないのでそう答えました。
「そうですよ」
先輩は少し嬉しそうでした。理由はよく分かりません。
私たちは人の少ない場所に移動しました。周囲の音が少し遠くなります。
「キョーちゃんから、声掛けてもらって、
いい卒業プレゼントになったよ」
プレゼントと言われても、私は何も用意していません。けれど否定するほどのことでもないので、そのままにしておきます。
「それはよかったです」
「お礼にいいものをあげよう」
そう言って、丹羽先輩は制服のボタンを外し始めました。上から順番に少し不器用にでも丁寧にゆっくりと1個ずつ。私は静かにそれを眺めていました。その無音に耐えられなくなったのか丹羽先輩はいつもの調子で言葉を連ね始めました。