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言われてみれば、単純で。

第8章 別稿 私の気持ちは、難解で。


図書館の掲示板には、冬休みの利用についての掲示がまだ残り、窓の向こうには雪を被った植え込みが寒空に凛と立っています。普段ではあれば、部活動の掛け声や足音が響くグラウンドも、雪が音を吸い込み、耳が痛くなるほどの静寂に包まれているこの時期、私はまた図書館で静かに過ごすのです。
 結露した窓の向こうには冷たそうな雪景色が見えますが、指先には本の温もり。ここは守られた場所にいるような不思議な安心感を包んでくれます。鉛筆が紙を削る乾いた音だけが、ピンと張り詰めた空気の中に響きます。背中を丸めて問題集に向き合う三年生の姿が疎らに見え、その中のひとりであるはずの丹羽先輩は相も変わらず私の隣でお喋りをしています。

「キョーちゃん。俺、もうすぐ卒業だよ」
「そうですね」

その言葉は少し静かで、いつもの笑顔が何処か遠くに行ってしまったような表情を見せていました。この日常に溶け込んでいた水曜日の放課後が終わりを見せるのは両手で事足りることが私のなかで再確認される言葉でもありました。

「寂しい?ねえ寂しい?」

丹羽先輩の声はいつものような悪戯な高い音に戻り、私の顔を覗き込みました。寂しいか、考えたこともなかったというのが本音になります。終わりがやってくると気付いたのが先程だからです。丹羽先輩と私は最初からずっと何をするでもなく、ただ日常の言語化を交わし合うだけの何処かこの図書館に似たような少し暖かすぎる、そして少し乾燥した曖昧な形をしていました。
 
「ちょっと寂しいです」

 これが終わると分かると 少しだけその言語化がしにくくなります。名付ける必要のない関係を言葉に収めようとすること自体が愚問のように感じているのです。だから私はこの言葉に一つつけ足しをしました。

「嘘です」

どちらも私の頭に流れてきた言葉。

「どっちだよ」

丹羽先輩は少しだけ笑いました。困ったような、それでいて納得しているような、よく分からない表情でした。
私はそれ以上、言葉を足しませんでした。どちらが本当かを決める必要もないと思ったからです。寂しいという言葉は、今のこの関係には少し重すぎる気がしましたし、嘘だと切り捨ててしまうには、少しだけ惜しい気もしました。
だから、どちらでもいいのです。
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