第4章 夏休み開けて
霧が晴れる頃に 82話 ありがとう
「好き」
凛とした立ち姿で伝えられた言葉は仁の思考を停止させた。
(好き…好きって誰を…?)
他に誰がいるのだ、自分しかいないだろう、この場には仁と楓しかいないのだから。
分かってはいても中々認めない頭が口を動かす。
「俺…?」
コクリと頷く楓を見るとやっと頭が、思考が、追いついて来る。
誰かに向けられた楓の表情を見て湧き出た、黒いドロドロとした物質が嫉妬だったと気付き、同時に自分自身に嫉妬していたと気付けば少しおかしい気持ちになる。
(馬鹿みてぇ)
己を少し小馬鹿にした後、時間にすれば数秒だろうが、告白した後の沈黙の数秒はとても長い、いつまでも楓を待たせてはいけないと自分を急かし、楓の目を見つめる。
グイ
「えっ、ちょっ!」
楓が驚きの声を出すのを構わず、仁は楓の右手を掴み、仁より一回り小さい体を引き込み、座っている自らの体で受け止める。
抱き寄せられた楓の体は熱く、小さく震えていた。
その震えをいなすように仁は楓の肩に顎を乗せ耳元でひっそりと伝える。
「俺を選んでくれてありがとう…特別にしてくれてありがとう」
楓の震えが止まるのを感じながら仁は続ける。
「好きだよ。楓」
優しく、力強く伝えられた言葉は楓の耳に、体に響き、全身に駆け巡る。
「…ほんと?」
1番望んでた言葉ではあるものの、信じられない言葉でもあり、もしこれで偽りの言葉だったとしたら心が崩れてしまうのに、つい聞いてしまう。
「本当だ」
そんな楓の心を見透かすように、心配などする必要も無い。そう教えるように仁は楓を包む腕の力を少し強め、離さないと無意識に表現した。
「嬉しい…な…」
偽りではない、信じていい。
安堵の吐息をつきながら楓は仁に体を預ける。
「うん…」
仁も信用しきって預けてくる楓の体を何者からでも守る用に優しく、包み込んだ…