第1章 入学
霧が晴れる頃に 20話 10ヶ月の成果
やはり、仁の思った通りだった。
楓はこれまで、仁以外の男子と話しているのを少なくとも仁は見たことが無かった。
しかし、今は躊躇なく…とまでは行かないが、なんとか慶から質問が来れば返していた。
「雪原さんは頭いいの?」
「……並です…」
その短い会話を聞いた仁は(…慶は誰にでもその質問すんのか?)と、疑問に思った。
その時、林から
「霧ケ谷君はクラブチームとか入ってた?」
と質問が来たので楓の心配もあまりしなくてよいとわかった仁はいつもの癖である分析や観察するのをやめて会話に集中することにした。
「いや、はいんなかった、ピアノはやってたけど」
と、うっかり答えてみればすかさず
「え!弾いて弾いて!」
とねだられ、林がこういうところで引き下がらないのは2日過ごしただけでも十分把握できていた。
仕方なく仁はのろのろ立ち上がり
「わーったよ。おい、楓」
と、楓を促し、10ヶ月少しずつ2人で弾いていって上手くなっていった連弾用の楽譜を譜面台に乗せ、いつものように仁が左側、楓が右側に同じ椅子に座って弾きはじめた。
やはり見られていると緊張するのだろういつもより音が固い仁と楓だったが仁も楓もミスなく最後の鍵盤を離し終えた。
その瞬間、後ろから2人しかいないとは思えない拍手と褒め言葉の嵐がやってきた。
「すっごーい!な、なんであんな手動くの!?えっ!霧ケ谷君も楓も!」
「最初2人で座ってなにすんだと思ったら連弾かよ!なんでできんだよ!?練習?練習したのか!仁、お前どうなってんの!手ぇ!気持ち悪!」
林は小柄な体をピョンピョンさせながら、慶は仁の肩を後ろからガクガク揺すりながら大興奮で褒めたりけなしたりしていた。