第8章 ショコラ・エピセ
「ベタですけど、俺ホントこういうの弱くて」
あんまこっち見んで下さい、顔を隠すように伏せるといい香りが鼻腔を擽る
いつもは殺風景なダイニングテーブルに並んだ幾つもの食器、鮮やかな料理が盛り付けられたそれを素早く写真に収めると彼女が呆れたように笑いを溢した
「そんなに喜んでくれると思わなかった」
いつももっといい物食べてるでしょ、くすくすと響くその声が堪らなく幸せで、俺は丁寧に並べられた箸に視線を落とす
「俺、家庭環境がちょっとアレだったんで、」
はは、単純でしょ、誤魔化すように出した戯けた声に彼女がじっと俺を見つめる
慣れた手付きで取り分けられた器が静かに音を立てると、優しいその瞳が穏やかに細められた
「じゃあ、いっぱい食べてね」
一人で食べるよりきっと美味しいから、お茶目なその微笑みが俺の心身を優しく優しく癒していく
口にしたどれもが孤独を、寂しさを、抱えている傷をひとつずつ抱きしめて肯定してくれるような
「冷蔵庫に鶏肉があってラッキーだったよ、」
食器も調味料も完璧に揃ってるし、もしかしてお料理が趣味なの?、もぐもぐと頬張る彼女の無邪気な表情に肩の力が抜ける
「いや、揃ってるだけです」
「え、?」
「たまに公安のスタッフが出入りして」
日用品と食品を補充して、賞味期限が切れた物は回収される、調理担当の人が来てた時期もありましたけど、それもあんまり落ち着かんくて、
「ありがたいですけどね」
「それは・・、なかなかリラックスできないね」
「まぁ子供の頃からこんな感じなんで」
管理されるのには慣れてます、何でもない事のように明るく響かせた声に彼女が一瞬悲しそうに目を伏せた
「めちゃくちゃ美味い、店出せますって」
「っふふ!お世辞でも嬉しいよ、ありがと」
いっぱい食べてくれて嬉しい、幸せそうに微笑んだ彼女が空の器をもう一度鮮やかな色で満たしていく
此処に出入りし手料理を振る舞ってくれた女性は今までにも居たはずなのに、決定的に他とは違う何かを俺はこの人に感じている
「・・確かに俺、口は回る方ですけど」
めぐさんには本当の事しか言いませんよ、喉を通る温かさと満たされたこの時間が身体に沁み渡って行くのを感じながら、照れたその表情をいつまでも見ていたいと強く願った