第7章 埋め合わせは何でも
澄んだ空に浮かぶ明るい月が二つの影を照らしている、寄り添い言葉を交わしながら微笑み合う睦まじい姿に、車内の酸素が尽きたかのように俺は息が出来なくなった
コートを羽織り荷物を持った彼女の前を、上着も鞄も持たない塚内さんがゆっくりと歩いていく
振り向いた彼が何かを言うと、見上げた彼女が優しく微笑んで
「・・違う」
何かの間違いだ、間違いに決まってる、あり得ない、俺は信じない、酸素の行き届かなくなった頭がぐらりと歪ませた視界
どくどくと心が血を流す音がする、頭に響く自身の鼓動が目の前を容赦なく暗くして
「・・おかしいやろ」
口に出すと堰を切ったように込み上げた彼女への怒り、なんで塚内さんと居るんですか、説明して下さい、俺に嘘ついたんですか、
塚内さんの家で何を———
「・・そんなん、言えるわけなか」
彼女を責める権利なんて何も無い、
恋人でも何でもない、貴女にとって俺は冗談を言い合う程度の存在ですもんね
街灯の下でふわりと巻かれたストール、塚内さんが愛おしそうに彼女に触れるのを、俺は数メートル離れた場所で何もできずに呆然と眺める
照れたように頬を染めた彼女が世界一愛らしい顔で眉を顰めて
痛いです、痛いですめぐさん、
俺もう駄目かもしれない、
透明に揺れ続ける視界が街灯の光をぼんやりと膨らませる、それを決して滲ませないように歯を食いしばると口の中に容赦なく血の味が広がった
丁寧にお辞儀をした塚内さんが、彼女に注意を払いながらマンションの入口へと姿を消して
途端に既読の付いたトーク画面、俺は初めて、メッセージを送らないまま通話ボタンを押した
「そっち、片付きましたか」
「ホークス、本当にごめんね・・!」
焦りを滲ませたその愛しい声が酷く耳障りに聞こえる、そんな言葉を聞きたいんじゃない、早く言い訳してくれ、俺を納得させてくれ
「・・それは何に、謝ってるんですか」
「、え・・?」
「俺との約束をキャンセルした事ですか」
低く呟きながら手を伸ばしたドアノブ、運転席の重い扉を開けた俺の頬を冷たい風が撫でる
苛立ちを示すようにバタンと大きな音を立てて扉を閉めると、その背中がくるりと此方を向いた
「・・それとも、塚内さんと居た事ですか」