第2章 流し込んで消して
偶然会うかもしれませんね、はらりと手を振りエレベーターに乗って数秒、大きく息を吸った俺はスマホを取り出す
聞いてない、当然だ、彼女が俺に報告する義理は無い、フル回転する頭を一方で制しながら、すれ違う部下に笑顔で会釈を返して
会長室の重い扉を閉めた途端、繕っていた表情を解いた俺はどさりと椅子に沈み込んだ
「なんで俺より先に・・!」
青かった空が橙に変わり始めている、一瞬で終わってしまうその色が俺をより一層焦らせて
「今電話してもいいですか」
素早く打ち込んで送信すると、数分後に既読がついて
彼女が今同じ画面を開いていると思うだけで何とも言えない喜びがある
「もちろん大丈夫だよ」
「かけます」
椅子に深く沈み天井を睨みつける、数日ぶりに声を聞ける喜びと、黒く湧き続ける感情がマーブル模様のように渦を巻いて
数秒間の呼び出し、柔らかなその声音が鼓膜を揺らすと、安堵と愛しさで浅く息が漏れた
「お忙しい会長さんが、どうしたの?」
「そんな、突き放さんでくださいよ」
「本当のことでしょう?」
まだ保健室に居るのだろうか、電話の向こうで備品を片付ける音がする
窓から入り込む金木犀の香りを纏いながら、きっと今日も白衣の裾をひらひらと揺らしているのだろう
「お昼ちゃんと食べた?」
「取り急ぎ、目が回るほど忙しい会長さんからのお誘いです」
「ふふ、なぁに?」
今移動中なんですが、近くを通りそうなんで、タクシー替わりに家までいかがです?
戯けた調子で声を弾ませると、くすくすと可愛らしい笑い声が聞こえた
「防弾仕様の、安全タクシーだっけ?」
「会長ホークス、めぐさんの足になりますよ」
「っあはは!もう」
わざわざそれで電話くれたの?本当にまめだね、なんて相変わらず貴女にとって俺はその程度の存在なんだろう
「とっても光栄だけど、今日は予定があるから」
「予定?珍しいですね」
「うん、塚内さんと」
〇〇駅で食事する約束をしててね、軽やかな調子で続けた彼女の声に俺は口元を緩ませる
「えー?塚内さんとそういう関係なんです?」
「違う違う!そういう訳じゃ・・!」
冗談ですよ、そう返しかけた口を静かに噤む
場をやり過ごすためにこの想いを偽ってたまるか、ただのまめな男だって?、冗談じゃない