第2章 流し込んで消して
「塚内さん、急いだ方がいいのでは?」
あとは私がやっておきますから、意味深な笑みを浮かべた三茶が腕時計をちらりと見る
定例会議とは言え、それなりの懸案事項について議論した時間は多少のピリついた空気を残して
警察署とさほど変わらない殺風景な部屋、異なるのは高層ビル特有の外の景色くらいなのだろう
「薬師先生を待たせるわけにはいきませんもんね」
「こら、三茶」
まだ業務中だぞ、思わず制するような声が出てしまう、椅子に掛かった上着に手を掛けた俺は小さく眉を顰めた
「・・今なんて?」
「え?」
部屋の向かいで立ち上がったホークスが驚きに目を見開いて、らしくない声を漏らした
「誰と約束してるんですか」
途轍もなく深刻な事態でも起きたかのようなその声色に俺は驚いて瞬きをする
数秒前まで優雅に脚を組んで資料に目を落としていたはずの姿が、今はひどく取り乱して
「雄英高校の薬師先生ですよ」
「三茶、いい加減にしないか」
「二人で?」
隠す気など最初から無いのだろう、先日雄英ですれ違った時のホークスの振舞いを思えば何の不自然さも無い
確信では無かったものが、たった今確信に変わっただけだ
「めぐさんと今日・・どこ行くんです?」
「・・食事だよ」
「時間と場所は?」
本来の彼はこうも素直なのかと妙に感心してしまう
いつもの軽い口調や策士的な雰囲気すら無意味だとでも言うように、ホークスが俺を真っ直ぐに見ている
「教えてください、塚内さん」
「・・」
数秒の沈黙で俺の意図を汲んだのだろう、焦りに歪んでいた口元に薄い笑いが浮かんでいつもの彼らしい気配が戻っていく
「へぇ、言いたくないんすね」
「プライベートな事は、できれば」
「めぐさんのこと好きなんですか」
俺はめちゃくちゃ好きですけど、驚きに声も出ない俺と三茶にホークスがまた笑みを深める
カチカチと小さく響く秒針の音、隣の部屋の話し声が聞こえてしまいそうなほどの静寂が俺たちの間に落ちた
「驚かせちゃってすみません、でも」
諦めるなら早い方がいいでしょ?
自動で上がっていくブラインドがホークスの背景を澄み渡る青に変えていく
現役時代を思わせる鋭い眼光、どんな動きも見逃さない赤い羽が空に舞うのを見た気がした