第16章 雄英文化祭編
「ねえ、おもち!」
芦戸が両手を合わせ、満面の笑みで彼女の前に立った。
「約束、覚えてるよね?」
「約束?」
おもちが小首を傾げる。
「ほら!ライブ前のおまじない!」
「あっ、私も!私もやってほしい!」
葉隠が勢いよく手を挙げた。
「俺も!俺も一回お願いしたい!」
「上鳴、あんたはさっきから何なんのさ!」
耳郎が呆れた声を上げる。
けれど、彼女自身もどこか楽しそうだった。
「……ふふっ」
おもちは、とうとう堪えきれずに笑った。
「もう忘れてくれてると思ったのに」
「忘れるわけないでしょ!」
芦戸が力強く頷く。
おもちは困ったように笑い、そっと頬に手を添えた。
「じゃあ、また何か大事なことがあるときにね」
「えーっ!今じゃ駄目なの!?」
「今は、もうみんな緊張していないでしょう?」
「それは……そうだけど!」
「なら、今日のおまじないは大成功ということで」
彼女はそう言って、いたずらっぽく微笑んだ。
一瞬、周囲が静かになった。
「……っ、あーもう!」
芦戸が顔を覆う。
「その笑顔は反則だってば!」
「分かる!今のは絶対わざとでしょ!」
「さあ?」
おもちは何食わぬ顔で首を傾げる。
「うわーっ!絶対わざとだー!」
再び笑いが弾けた。
そんな彼女たちを少し離れた場所から見守っていた通形は、ほっとしたように息をついた。
「エリちゃん、よかったね」
「うん!」
エリは、おもちの手を両手で包み込むように握っていた。
「お姉ちゃん、いっぱい笑ってる!」
「そうだね」
通形は目を細めた。
「きっと、すごく楽しかったんだろうね」
「私も、すっごく楽しかった!」
エリは弾むような声で答えた。
「お姉ちゃんが歌ってるのを見てね、エリ、いっぱい元気になったの。お姉ちゃん、すごく遠くに行っちゃったと思ってたけど……ここにいたの」
その言葉に、通形の表情がわずかに変わった。
彼は、エリが経験してきたことを知っている。
長い間、誰かに怯え、誰かの顔色を窺い、自分の気持ちを口にすることさえ難しかった小さな女の子。
そんな彼女が今、こんなにも素直に笑っている。
そして、その笑顔を引き出した相手が、目の前でクラスメイトたちと笑い合っている。