第16章 雄英文化祭編
だが、今回は違った。
爆豪は、彼女を引っ張る前に一度だけ、その顔を見ていた。
彼女が困っていることを確認し、周囲の生徒たちに苛立ちを向け、それから迷いなく手を伸ばした。
そして、歩き出してからも、彼女の歩調に合わせていた。
何より。
彼女の手を取った時の爆豪の表情を、緑谷は見逃さなかった。
普段の苛立ちとも、勝負に向ける闘志とも違う。
彼女を誰かに囲まれている状況から連れ出せたことに、どこか安堵しているような顔だった。
「……そっか」
小さく呟く。
文化祭の準備期間から、爆豪は彼女をよく見ていた。
歌の練習に真剣に取り組む姿を。
クラスメイトに向ける柔らかな笑顔を。
エリちゃんを抱き上げた時の、あの優しい表情を。
そして、彼女が何かを隠していると気づいてからは、以前にも増して目を離さなくなっていた。
屋上での話し合いを経て、爆豪は自分と同じように彼女の秘密を知ってしまった。
それでも、彼女を遠ざけるどころか、以前よりも近づこうとしている。
緑谷は、そっと視線を落とした。
――かっちゃん、もしかして……。
そこまで考えて、胸の奥がわずかにざわつく。
けれど、気づいてしまった。
幼馴染の自分だからこそ分かる、あの変化。
爆豪勝己は、ただ彼女を心配しているだけではない。
もっと個人的で、もっと強い感情を抱いている。
そしておそらく、本人には隠しているつもりなど、もうほとんどないのだろう。
「……これは、ちょっと大変なことになりそうだな」
緑谷は困ったように笑った。
文化祭が終わり、いつもの日常が戻ってきた雄英高校。
けれど、少なくとも爆豪勝己にとっては、もう以前と同じ日常ではなかった。