第16章 雄英文化祭編
その光景を目にした芦戸が、隣にいた葉隠の腕をつかんだ。
「ねえ、見て。あの二人、かわいすぎない?」
「分かる!ライブ中はあんなにかっこよかったのに、今はすっかり優しいお姉ちゃんだよね!」
「……本当に、同じ人なのかしら」
八百万まで、思わず感心したように呟いた。
「歌っているときの圧倒的な存在感も素晴らしかったですが、あのように自然に人を安心させられることも、彼女の魅力なのですね」
「そうだな」
轟が静かに頷いた。
「エリちゃんも、おもちのそばだとずっと笑ってる」
その言葉に、緑谷は一瞬だけ表情を和らげた。
彼は知っている。
あの笑顔が、ただ人当たりのよい女性のものではないことを。
暗闇の中で怯えていた小さな女の子に、彼女がどれほどの覚悟で手を差し伸べたのか。
自分たちが彼女の正体を知るよりも前から、彼女はエリのために動いていた。
そして今、彼女は何事もなかったかのように、クラスメイトたちの輪の中にいる。
それが少し不思議で、けれど、嬉しかった。
「……デク」
隣から声をかけられ、緑谷は顔を上げた。
爆豪だった。
「何、ぼさっとしてやがる」
「えっ?あ、ごめん!」
爆豪は苛立ったように眉を寄せたあと、おもちの方へ視線を向けた。
彼女はエリの飲み物の蓋を開けてやりながら、何かを楽しそうに話している。
エリが笑うたび、彼女も笑う。
その表情には、普段の彼女が決して人に見せないような、無防備な幸福感があった。
「……あいつ、疲れてねえのか」
ぽつりと漏れた言葉に、緑谷は少し驚いた。
「え?」
「散々歌って、ギターまで弾いてやがっただろ。あの後も騒いでんだ。体力が残ってんのかって聞いてんだよ」
「ああ……」
緑谷は、どこか嬉しそうに笑った。
「大丈夫だと思うよ。少なくとも、今はすごく楽しそうだし」
「……チッ」
爆豪はそれ以上何も言わなかった。
ただ、視線を逸らす直前、もう一度だけ彼女の姿を確かめた。
その目に浮かんでいたのは、いつもの苛立ちとは少し違う感情だった。
彼女が笑っている。
その事実を、ただ喜んでいる自分がいる。
そんな自分に気づいてしまったことが、少しばかり気に食わなかった。