第6章 歪を彩る
『これ、成恢さまの爪に塗りたくて買ってきたんです!』
よもや自分に塗られるものだとは、夢にも思っていなかった。
いっそ夢であってほしかった。
当然、断固として断りたかった。
それはもう、にべもなく。
しかし、同時に成恢の脳裏に過ったのは、これまでの戦果に相応した惨たるシキの姿であった。
人らしい"常"を失った身で、成恢の他に何も望まぬこの女が唯一、自らの願いとして持ち出したのが『成恢の爪に紅を塗ること』だという事実ならば――それを一蹴することが、どうにも憚られたのだ。
『こんなに可愛い成恢さまを近くで見られて、そのうえ触れ合えるなんて、この上ないご褒美!』
『可愛い成恢さまを、もっと可愛くしたいなーって』
『成恢さまに似合う色を選ぶの、とっても楽しかったです!』
……無論、並べ立てられた理由には物申したいことが山ほどあったが。
『……えっと、あの、前に言ってたご褒美、これじゃダメですか?』
普段は遠慮を知らない女が、しおらしい素振りを見せて求めてくるのも質が悪かったのだ。
小さな爪紅の壺を両手で抱えた上目遣いの奥にあるのは、媚びでも打算でもない。
要求の正当性も、褒美というものの扱いもよくわかっていないが故の戸惑い。
そして、本当に他に何も思いつかなかった末に辿り着いた、彼女なりの精一杯の願いに対する一抹の不安。
それらが瞳の中に揺れていた。
何故、こんな時ばかりお前は……と、成恢は苦虫を嚙み潰したものだ。
いっそ、計算された態度であった方がマシだった。
成恢を喜ばせて何かを得ようとしているのではなく、純粋に自分がしたいことをそのまま願いとして差し出してくる無自覚な率直さが厄介でならない。
この願いだけは、成恢が許してくれなければ成立しないとシキなりにわかっているのだ。
だからこそ、成恢を守る為にいつでも全てを投げ打てる無欲な女の……いうなれば"細やかな望み"くらいは聞き入れてやるべきかという、ほんの僅かな情が――あのとき確かに成恢の胸に芽生えてしまった。