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死毒に彩なす

第6章 歪を彩る



黒ずんだ脈が幾重にも浮き上がる成恢の――常人ならば触れることを躊躇う手を取り、シキは嬉しそうに目を細める。

そうして成恢の指先をそっと一本ずつ取り上げると、爪の生え際から表層にかけてを丹寧に拭い始めた。

用意してきた濡れ布は、ぬるま湯に浸しておいたのだろう。
ほんのりと温かに湿った布に清められていく己の手元を黙って見下ろす成恢は特に咎めることも、手を引き抜くこともせず、どことなく慎重なシキの手付きに身を委ねていた。

「成恢さま、痛くないですか?」
「……ああ」
「ならよかったぁ。……ふふっ、可愛い手ー」
「…………」

どこがだ。反射的に言いかけた言葉をぐっと呑み込み、会話の続行を手放した。
下手に否定しても、常軌を逸した賛美と肯定しか返ってこないからだ。

成恢は、この女の馬鹿げた理解を改めさせることを、とうに諦めていた。

「痛かったら言ってくださいね。こんなに可愛い手なんだから、傷付けないように大事にしなくちゃ」

なおも戯けたことを言うシキ。
されども成恢の手を丁重に扱おうとする気概だけは、ひたむきなものであった。


痛みという感覚を生まれつき持たないシキにとって、他者に与える力加減を測る術は、極めて曖昧だ。

無痛というシキの性質は、戦場において時に一切の情け容赦ない一太刀として成り立ち、時に肉体が負傷しても怯むことなく反撃へ転じられる利点となり得る。
反面、自他の『痛み』というものを根本から理解できぬが故に"人"として致命的な欠点も抱えていた。

――共感性だ。

自分はおろか他人が傷を負う恐怖も、苦痛に対する辛さも、肉体の不調が精神に及ぼす影響も、何一つとして実感を伴って理解することが出来ない。

くわえて、自分自身にすら全く頓着していない女である。
成恢を除くあらゆるものへの興味が稀薄であったことも、シキの厄介でいて異常な性質に拍車を掛けていた。


――――そんな女が、成恢だけは絶対に傷つけまいと細心の注意を払って、触れている。
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