第6章 歪を彩る
分別をつけているといえばそうなのだろうが、成恢はこの女の線引きの基準がいまいち理解し難かった。
成恢にしてみれば、研究室もこの私室も等しく己の領域であり、本来であれば勝手に踏み荒らされたくはない場所である。
だのにシキときたら、そんな成恢の思惑など知る由もなく、どこ吹く風と受け流しては気の向くままに側にいたがる。
全く以て迷惑極まりない。
「お邪魔します。こんばんは、成恢さま」
閉じた戸の前に立ったシキが、両手を胸の前で重ねるように組んで頭を下げる拱手の礼を取ってみせた。
日頃の無作法かつ打ち解けすぎた言動を少女めいた容姿によって無邪気に見せている女の、こういう時ばかり弁えてみせる最低限の礼儀。
成恢は呆れたように一瞥すると、そのまま目を細めた。
戦装束が解かれたシキの、簡素な薄衣の上に柔らかな薄緑の羽織を纏った出で立ちは身軽でいて、どこか儚く可憐でもある。
何も知らぬ者であれば、この女が毒に満ちた戦場で颯爽と剣を振るう兵士だとは、とても見抜けまい。
――その肉体の内側に秘められた、あらゆる欠落も然りだ。
「……来たか」
「はい、約束通り来ましたよー」
挨拶を終えたシキが、片手の中にしまっていた小さな素焼きの小壺を、自身の顔の横へ掲げてみせる。
言われずとも中身を知っている成恢は、仕方なさそうにうっすらと目を伏せた。
「手早く済ませろ」
「はぁい」
あどけない甘えを含んだ声色で返事をしながら、何の戸惑いもなく成恢の元まで歩み寄ってくるシキ。
漆工の低座に気怠げに身体を預けたまま、徐に片手を前方へと差し出してやる。
シキは成恢の足元に膝をつくと、伸ばされた手を下からそっと掬い上げ、自らの掌の中へ嬉しそうに、そして大切そうに包み込んだ。