第6章 歪を彩る
何故、今になってあの日の一幕を夢に見てしまったのか。
……否、考えたところで詮無きことだ。
所詮は夢だと思えばこそ、意味を求めるだけ虚しいだけである。
頭の隅に追いやられていた記憶が、たまたま夢として表れただけに過ぎない。
――――今宵の"約束"がなければ、恐らく見ることもなかったはずだ。
でなければ、己が下らぬ感傷に浸っていることになってしまう。
それが何となく癪だった。
あの頃からすでに常軌を逸した片鱗を見せていたシキの有様を今なお訝しむことこそあっても、懐かしむなどと……。
まるで、あの女の底知れぬ狂気を己が前向きに受け入れているようで、どうにも居心地が悪くなる。
……夢に見るほど、シキが己の中に入り込んでいるとも取れるから殊更だ。
穏やかな時間に見出した安息と微睡みの果てに見たのが、あの女との最初の出会いの夢だった――など。
「フフ……口が裂けても言えぬな」
成恢は、再び苦く自嘲する。
数年も前のことのはずなのに、未だあの日の記憶が鮮明に残っていることが、いっそ滑稽ですらあった。
――――その時、静寂に包まれた私室の戸が、どこか弾んだ拍子で叩かれる。
「成恢さま、シキです」
戸の向こうから聞こえてくる軽やかな声は、記憶とほとんど変わらぬ高さを纏った女のものだった。
……否、あの時の高揚しきった声に比べれば、幾分か落ち着いてはいたが。
ほんの少しの間だけ沈黙を保った成恢は、閉じられたままでいる扉を見やった。
「……入れ」
許しの声を投げやると、間もなく扉が開かれる。
妙なものだと成恢は、ふと思った。
シキは、基本的に研究室においては成恢からの応答があろうとなかろうと勝手に入り込んでくる。
応答の有無に関しては、相手をするのが面倒なので成恢が居留守を使い、無視を決め込んでいるだけなのだが――悉くシキには通用しなかった。
入室を断られないことと、入っても良いということをシキが同じ意味として結び付けているからだ。
どうしてそうなるのか、まるで意味がわからん。
――――そのくせ、こと私室となると明確に入室の許可が出るまで入ってこようとはしないのだ。