第5章 指先の証―シキ視点―
馬との意思疎通などかなぐり捨てた荒っぽい制御を見兼ねた奈棍が「お前はそんなだからいつまで経っても馬から好かれんのだ」と苦言を呈したが、何のことかわからないシキは首を傾げて返す。
馬上で並んでなお高い位置にある厳めしい顔が呆れたように顰められた。
「お前は、よくそんな平然とした顔でいられるな。この蒸し暑さだぞ」
少しは相応の顔でもしたらどうだと言いたげな口調だった。
とはいえ、奈棍はやはり歴戦の武人だ。
他の兵たちと同様に汗を滴らせてはいるものの背筋を伸ばして騎乗する彼の姿は、部隊を率いる将としての毅然とした佇まいを崩していない。
だが、隠しきれない不快感と途方もない暑苦しさが顔にありありと表れていた。
弱音を吐いたところでこの湿気が消えるわけでもあるまい、というのが彼の意見であった。
苦虫を嚙み潰したような奈棍の言葉を受けても、シキは常と変わらぬ笑顔を返す。
吸い込む空気が湿っていることや、触った皮膚がペタついているといった変化は感じ取れるが、彼女にとってはその程度だった。
「全軍、進軍を一時打切り! これより休息に入る!」
前線から伝令の怒号が響き渡り、列をなしていた軍の動きがピタリと止まった。
その発令と同時に、そこかしこから安堵と疲弊の混ざった呻き声が上がる。
隣を行く奈棍でさえも「やっとか」と呟いた程だ。
どうやら相当、この天候に皆参っていたらしい。
間もなく、定められた休息地点に辿り着くと、馬から降りた兵たちは甲冑の留め具を外し、次々地べたへ崩れ落ちるように座り込んでいく。
シキも馬から下りると、嫌がる馬の手綱を近くの木に固く括り付けた。
ついでに撫でてあげようと思ったら、鼻面で手を振り払われた。
血気盛んなのは良いことだ。