第5章 指先の証―シキ視点―
韓軍が国境を越え、目標とする城へ進軍を開始してから数日が経っていた。
目的の城さえ落とせば敵の防衛線を大きく崩し、一気に勢力を広げることができる。
戦況としては韓軍に追い風が吹いていたものの、行軍そのものは決して容易なものではなかった。
悪路に足をすくわれ、険しい山道を越え、敵の小規模な強襲を幾度も退けながらの行軍は、長引く程に兵士たちの疲弊を色濃くしていく。
さらに追い打ちをかけているのが、この天候だった。
見上げる空には重々しい雲が低く垂れ込め、風は生温く湿り気を孕んでいた。
列をなして歩む兵たちからは、蒸し暑さへの嫌気や文句が飛び交っている。
周りが荒い息を吐き、大量の汗を流して顔を歪めている中、シキだけはケロリとしていた。
――ヒヒンッ……!
ふいにシキの乗る馬が小さく嘶き、首を振って歩みを止めようとした。
まただ、とシキは思った。
この子の、こういった行動はもう十を超える。
シキは特に身に覚えがないことだが、どうやら自分は動物と相性が合わないらしい。
理由は全然わからない。
特に何か悪いことをした訳ではないし、自分としては動物はそれなりに可愛く思っているから仲良くなりたいのに。
どうにも、動物の方がシキを嫌っている――と、皆が言うのだ。
気付けば、シキは韓軍きっての落馬常習犯となっていた。
「もう、大人しくしてってば」
手綱をぎゅっと強く握り直し、力任せに手首を捻って馬が暴れ出そうとするのを力尽くで抑え込む。
痛みを知らぬシキには、自分がどれほどの力を込めているのかを測る感覚が乏しい。
ぐ、と強い力で首を固定された馬は苦しげに鼻を鳴らし、なおも抵抗する素振りを見せたものの、結局抗いきれずに大人しく歩みを進めることとなった。