• 小
  • 中
  • 大
  • テキストサイズ

死毒に彩なす

第4章 指先の証―成恢視点―



敵国の城を攻め落とすために進軍を続けていた韓軍は、戦禍の合間を縫って一時休息を取ることとなった。

見上げる空には雲が低く垂れ込め、吹き抜ける風は生温く湿っている。
肌に纏わりつくような重苦しい天候が、軍全体をじっとりと包み込んでいた。

兵たちの衣服は甲冑の下で汗を吸って重くなり、そこかしこから疲労の滲んだ吐息が漏れている。


不快極まりない重苦しさの中、兜を脱いだ成恢だけは、どこか満足げに目を細めて天を仰いでいた。


湿気が高い……。
これならば毒胞が空気中の水分を吸い、地表近くに滞留しやすくなるな。

湿気と混ざり合うことで、毒の成分は空気中に留まりやすくなる。
それはすなわち毒煙の有効範囲や滞留時間が延びるということだ。

湿気を重たく含んだ空気は、撒き散らされた毒煙が上空へ逃げるのを遮る重石となる。
展開した毒の煙幕は地表を這い、敵陣の窪みや城郭の隙間にまで長期間に留まり続けるだろう。
ひとたび吸い込めば、湿り気と共に気道や粘膜へ否応なしに付着し、毒の回りをより確実なものとする。

此度の戦で用いる予定の毒兵器は、天の気まぐれによって威力を大きく左右される。
風が強過ぎれば毒煙は一瞬で霧散して効力を失い、乾いた快晴の下では上空へと容易に拡散してしまう。
故に今日の気候は最適だ。
無論、ある程度の天候は読んだうえで運用を決行したのだが、こうも絶好であると安堵よりも高揚が勝るというものだ。

懸念があるとすれば、気まぐれに揺れる風の向きだけであった。

「風が鈍いな……。――――黒弓隊に伝えよ。風上の位置取りを誤れば、自軍の陣立てごと毒に呑み込まれるぞ、と。刻限を見極め、合図を待て」
「はっ!」

掠れた声で冷徹に命じる成恢の背後から、顔を強張らせた伝令が馬と共に去っていく。

天の恵みとも言えるこの重苦しい湿気を、いかにして最大の――そして確実なる殺戮へと変換するか。

兵たちが暑さに喘ぐ中、成恢もまた鬱々とした不快感に蝕まれていた。
それでも彼の脳内では直に撒き散らされる毒の濃度と、拡散範囲の計算が着実に組み立てられていく。

日の目を浴びることとなる、己の毒兵器の威力の確証が待ち遠しくもあった。
/ 57ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp