第5章 俺の守りたいもの…②
一方、その頃――。
遊郭では、夜の喧騒が続いていた。
「……疲れたァ」
斗和は座敷の隅で、客の相手を終えたところだった。
笑顔を崩さず酒を注ぎ、酔った客の愚痴まで聞く。
表向きはただの新人女郎。
だが、その目だけは違った。
「……やっぱり、おかしい」
廊下の奥へ視線を向ける。
禿たちが近づこうとしない場所。
そして時折漂ってくる、微かな血の臭い。
斗和は湯飲みを置いた。
――蕨姫。
あの女が鬼であることは分かっている。
問題は、まだ証拠が足りないことだった。
「焦るな、あたし……」
小さく呟く。
その瞬間。
「斗和…」
背後から声がした。
振り返ると、蕨姫が立っている。
「は、はい。蕨姫花魁」
「随分と慣れたものね。新人のくせに」
「お褒めいただき光栄です」
斗和は笑った。
だが、蕨姫の目は笑っていない。
「……あんた、何か隠してるでしょう?」
一瞬だけ斗和の指が止まる。
「何のことでしょう?」
「その顔。腹が立つのよ」
蕨姫が近づく。
「怯えない。泣かない。私を見ても平然としてる」
「そんなこと……」
「気に入らない」
鋭い視線が突き刺さる。
斗和は笑顔を保った。
――こいつ、完全に私を疑ってる。
ならば、こちらも尻尾を出すわけにはいかない。
「花魁に気に入っていただけるよう、精進いたします」
深々と頭を下げる。
蕨姫はしばらく斗和を睨みつけていたが、やがて踵を返した。
「……ふん」
去っていく背中を見送り、斗和はゆっくり息を吐く。
「……危なかった」
そして懐へ手を入れる。
宇髄へ渡した暗号文。
もう自分にできることは、情報を集めることだけだ。
「実弥……」
思わず名前が漏れる。
「……元気にしてるかな」
知らない。
自分がいない屋敷で、実弥がどんな顔をしているのか。
ただ――
「……早く帰りたいな」
そう呟いて、斗和は再び遊郭の夜へ戻っていった。