第4章 俺の守りたいもの…
最初の頃、斗和は笑っていた。
「斗和、その酒はぬるいわ」
「すみませんねぇ。すぐ替えます」
「遅い!」
「はいはい」
堕姫の嫌味にも、軽く受け流す。
――新人女郎として完璧に振る舞うためだ。
だが、何度も続けば少しずつ変わっていった。
「その着物、似合ってないわ」
「……そうですか」
笑顔がほんの少し固くなる。
「返事が気に入らない」
「……申し訳ありません」
今度は笑わなかった。
さらに翌日。
「あなた、客の前で笑いなさい」
「…………」
一瞬、斗和の眉が動く。
「聞こえなかった?」
「聞こえてますよ」
声が低くなる。
それでも、客の前ではすぐに笑顔へ戻した。
「どうぞ、ごゆっくり」
――だが、堕姫は見逃さない。
「今、嫌そうな顔をしたでしょう?」
「気のせいですよ」
「嘘つき」
そして、とうとう堕姫が斗和の髪を乱暴に掴んだ。
「あなた、あたしに逆らってるの?」
瞬間。
斗和の目から笑みが消えた。
「…………」
握られた髪。
引きつった口元。
拳が、ぎゅっと握られる。
ほんの一瞬だけ――殺気が漏れた。
堕姫の目が輝く。
「……今の顔」
斗和はすぐに目を伏せた。
「失礼しました」
声を押し殺す。
(落ち着け。ここで正体を出したら全部終わる)
深く息を吸う。
そして再び、いつもの女郎の笑顔を作った。
「どうぞ、お好きなように」
だが、その笑顔はもう最初のものとは違っていた。
堕姫は楽しそうに笑う。
「やっぱり……あなた、何か隠してるでしょう?」
斗和は答えない。
ただ笑う。
――その笑顔の奥で、静かに警戒を最大まで引き上げながら。