第4章 俺の守りたいもの…
「ほら、笑いな!」
「……こうかい?」
鏡越しに斗和が口元だけを上げる。
「違う違う! もっと愛想よく!」
「……こう?」
今度は目元まで柔らかくしてみせる。
やり手婆が満足そうに頷いた。
「そうだよ! 客の前じゃ、その顔を忘れるんじゃないよ!」
「分かった」
返事は素直に。
だが斗和の胸中は別だった。
(客の顔、店の間取り、店員の出入り……全部覚える)
初めて着る豪華な着物も、重たい簪も、歩きづらい下駄も。
全部が情報を集めるための道具だと思えば苦にはならない。
「斗和! お茶を運んできな!」
「はい」
すっと立ち上がり、廊下を歩く。
(右に階段。奥に女部屋。裏口は……あそこか)
すれ違う女たちには、にこりと笑う。
「お疲れさん」
「まあ、斗和ちゃん。随分と綺麗になったねぇ」
「ありがとう」
自然に返す。
その姿だけを見れば、どこにでもいる新人女郎だった。
「斗和さん!」
廊下の向こうから善逸が小走りでやってくる。
「何だい?」
「その……本当に慣れてますね……」
「慣れてないよ」
斗和は笑顔のまま、小声で続ける。
「ただ、慣れてるように見せてるだけさ」
善逸が目を丸くする。
「すご……」
「声が大きい」
「す、すみません!」
斗和はまた笑顔に戻る。
「ほら、仕事に戻りな」
「はい!」
二人が別れたあと、斗和はふっと目を細めた。
廊下の奥。
さっきから何度も、同じ女が同じ場所を通っている。
(……妙だね)
斗和は何も気づいていない新人女郎の顔を保ったまま、その女の後ろ姿を目で追った。
――ここには、何かある。
そしてそれを探るためなら。
斗和は、どこまでも「ただの新人女郎」を演じ続けるつもりだった。