第3章 守りたいもの…
「……師匠と同じこと言うんだもん」
斗和は笑った。
けれど、その瞬間だった。
酒瓶を持つ指が、かすかに震えた。
「……斗和?」
「平気」
そう言った直後、呼吸が浅くなる。
胸が、苦しい。
視界の端が滲んだ。
畳に落ちる血。
腹を貫かれた先生。
伸ばされた手。
――生きろ。
「……っ」
斗和は無意識に自分の腹を押さえた。
そこには傷などない。
それなのに、内臓を握り潰されるような痛みが走る。
「おい」
実弥が腕を掴む。
「触んな……!」
反射的に振り払った。
荒い呼吸。
指先が冷たい。
「……ごめん」
斗和は自分の手を見つめた。
「また……思い出した」
「……」
「師匠が死んだ時、あたしは何もできなかった」
声が震える。
「刀を持ってたのに。目の前にいたのに……怖くて、動けなかった」
爪が掌に食い込む。
「師匠の血が鬼を傷つけてるのを見て……あたしは、それを見てただけ」
「斗和」
「助けられたかもしれないのに」
呼吸が乱れる。
「あたしがもっと強ければ」
「……」
「あたしが、もっと早く動けてたら」
肩が小刻みに震え始める。
「師匠は死ななかった」
実弥は何も言わない。
斗和は何度も息を吸おうとする。
けれど、喉が締まって空気が入らない。
「……っ、は……」
その手から酒瓶が滑り落ちた。
ガシャン、と床に砕ける。
斗和はその音にすら怯えたように身体を強張らせた。
「……今でも、あの時の音がする」
「音?」
「師匠が倒れた音」
斗和は震える手で耳を塞ぐ。
「毎晩、聞こえるんだよ……」
実弥は黙って、その手をゆっくり掴んだ。
「もう、聞かなくていい」
斗和は答えられなかった。
ただ、握られた手だけが、いつまでも震えていた。